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社会人野球

ドラ1勝負の幕開け 遠くないぞ160キロ

プロ野球・中日からドラフト1位指名を受けた鈴木博志投手=静岡県磐田市で、古川幸奈撮影

ヤマハから中日1位指名 鈴木博志投手

 2020年夏の東京五輪・パラリンピックまで、2年半余り。来月には韓国・平昌冬季五輪、3月にはパラリンピック開幕を迎える。選手たちは、勝負をかけたり、未来に向けて飛躍を遂げようとしたりする年になる。2018年は「戌(いぬ)年」。「ナンバーわん」を目指し、練習に励む静岡ゆかりのアスリートたちに迫る。

 昨年暮れ、磐田市にある社会人野球・ヤマハ野球部グラウンドで、全身黒のトレーニングウエアに身を包み、歯を食いしばりながらインターバル走に汗を流す姿があった。「博志ー!」。コーチが隣で発破をかける中、走り終わるとグラウンドにひざをつき苦しそうな表情で倒れ込んだ。

 その野球人生は、決して順風満帆ではなかった。磐田東高に入学後すぐ最速143キロを記録し、周囲から注目を集めた。しかし2年秋、右ひじに痛みを感じるように。投げられない日々が続き、目指していた高校卒業後のプロ入りは遠のいた。それでも「社会人になってレベルアップし3年後にドラフト1位で入団する」。そう誓い、幼い頃から親しみを感じていた地元社会人チーム・ヤマハへの入団を決めた。

 1年目はリハビリに専念。公式戦の登板機会はなく、同期のチームメートが大舞台で活躍する姿を見て焦りが募った。「早く投げたい気持ち、あの時の悔しさはものすごかった」と振り返る。広岡剛コーチの指導の下、体に負担のかからないフォームを習得。体重も1年で10キロ以上増やし復帰を見据えた土台作りに力を入れた。

 我慢の日々は「遠回り」ではなかった。久しぶりにマウンドに立つと自分でも驚くほど、球速が上がっていた。2年目の2016年5月の都市対抗予選では154キロを記録。この年の秋、ヤマハが初優勝した日本選手権では2回戦で先発も任された。

 さらに17年夏のオープン戦では自己最速157キロをたたき出し、10月のアジア選手権に出場した社会人の日本代表メンバーに選ばれた。初めて袖を通す「侍ジャパン」のユニホーム。「日本代表なんて考えたこともなかった。毎日うれしくて仕方なかった」。抑えとして2試合に登板し、優勝に貢献した。

 そして、高校生のころからの夢がかなった。10月26日にあったプロ野球のドラフト会議で、中日から1位指名を受けた新たな目標は「開幕1軍」。プロの世界で磨かれれば「160キロが出る日も決して遠くない」。そんな予感がある。

 20年の東京五輪では、野球が3大会ぶりに正式種目として復帰する。「まずはチームに信頼され勝てる投手になる。その結果として日本代表にも選んでもらえたら」。一歩一歩進んできた道の先には、まだまだ続きがある。【古川幸奈】

ことば【五輪と野球】

 米大リーグ選手の不参加が問題視され、2008年北京五輪を最後に正式種目から除外された。その後、野球とソフトボールは統一の競技団体「世界野球ソフトボール連盟」を結成。復帰運動を進め、16年8月、野球は東京五輪での追加種目に承認された。08年の北京五輪には、米大リーグで活躍するダルビッシュ有投手や田中将大投手らが出場したが、メダルは逃した。

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