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号外日産のゴーン会長を逮捕 報酬過少申告の疑い
朱鷺色の空に 1999人工ふ化

佐渡でふ化指導にあたった席咏梅さんの案内で中国のトキを見に行く

 トキは「中華人民共和国国家第1級保護動物・朱〓」である。中国西北部陝西省洋県の山あいにトキの「桃源郷(シャングリラ)」はあった。ここで人工繁殖、野生を合わせ200羽以上の繁殖に成功した。その秘けつはどこにあるのか。新潟県新穂村の佐渡トキ保護センターに今夏まで滞在し、ふ化を指導した席咏梅(せきえいばい)さん(33)の案内で、トキ救護飼育センターを歩いた。【中国陝西省洋県で飯田和郎】

    「自然流」が秘けつ

     陝西省の省都・西安を後にした私は、土砂が崩れ落ちる山道を車で走った。12時間後にやっとたどり着いた洋県は実にのんびりとした時間が流れていた。まさにトキの故郷にふさわしい。

     日本の農村と見間違うほどよく似た風景。私と席さんは、たとえばこんな会話を交わした。

     席さん「ねっ、あの子カワイイでしょう」

     私「他のトキとどう違うんですか?」

     席さん「くちばしの曲がり具合や、白と赤色のコントラスト。それに羽の淡さ。ちょっと違うでしょう」

     私「そんなもんですか……」

     5羽ずつ入ったケージ(カゴ)の中で、乳白色でもない、肌色でもない、いわゆる「朱鷺(とき)色」の羽が、時おりパタパタと音を立てて広がる。1年前に人工繁殖で誕生した幼鳥たちを指さしながら、席さんは我が子を自慢するように説明してくれるのだった。日本では2世の無事誕生まで「絶えずプレッシャーを感じた」というから、故郷に戻って大役を果たした安ど感に浸っているのかもしれない。

     洋県は総面積3200平方キロメートル。東京都の約1・5倍に相当する。人口は43万5000人。穂が垂れ始めた水稲や小麦など農業が中心で、特産のシイタケは日本へも輸出している。

     トキ救護飼育センターは、県の中心から5キロほど離れた、なだらかな丘陵地帯のふもとにある。広さは約33アール。想像していたほど大きくはない。だが、何より驚いたのはトキたちを取り巻く「環境」だった。

     センターの門番をしているおばさんが飼っている犬がやかましく吠(ほ)える。飼育係の若者は流行歌を口ずさみながら、トキにエサのドジョウを与える。すぐわきの農道ではトラクターのエンジン音が響く。そして水田のあちこちに設置された村内放送用のスピーカーから大音響で民謡が流れる……。気が付いただけでも、ざっとこれだけある。

    仲いいカップルを日本へ

     今年前半、「トキ・フィーバー」に包まれた佐渡島から伝わってくる報道に共通していたのは「トキは神経質な鳥」だった。しかし、本場・中国の保護センターに足を踏み入れると、この国らしいおおらかさというか、アバウトさをここでも目の当たりにしてしまう。

     「こんなに貴重な鳥にもっと神経を使わなくてもいいのか」と気をもんでしまうのは国民性の違いなのだろうか。いやいや、逆に周囲の「自然流」が順調に繁殖する秘けつなのかもしれない。

     センターに、江沢民国家主席が日本を訪問する際の“おみやげ”としてトキを寄贈するとの命が下ったのは昨年10月だった。「上からの命令は『可愛くて、仲のいいカップルを』でした」と席さんは打ち明ける。

     数日間の協議を経て、選定したのが友友(ヨウヨウ=雄)と洋洋(ヤンヤン=雌)。命令どおり、この年だけで5羽のヒナをもうけた相性がいいカップルで、くちばしの曲がり具合や、色のコントラストが鮮やかな2羽である。今年1月、このつがいに付き添って席さんも来日、佐渡での生活が始まった。

     こうして席さんたちの話を聞いていると、一方で細心の注意を払いながら、トキの飼育を続けていることがわかる。

     センターに在籍するのは総勢13人。うち大学で専門知識を学んだのは席さんただ一人だが、センターは1年365日24時間体制を取り、当直者は6時半に起床する。食事の後、ケージの掃除に始まり、午前と午後の2回に分けて同じ量のエサを与える。

     「なかでも主食のドジョウに最も気をつかいます」と席さん。ドジョウは地元で採取したものではなく、西安(陝西省)や重慶(四川省)の市場から運び込んでいる。汚染のない地域で安全なエサをトキに与えるためだが、それでもセンター内にあるドジョウの飼育池に一定期間、放した後、4段階に分けて清水で浄化している。万全を期すわけだ。

     センターの主任、蒙進栄さん(39)はこう話した。

     「ドジョウは1〜2年前が1キロ13元(1元は現行レートで約14円)だったのが、今や15元になった。幼鳥も成鳥も1羽当たり1日約250〜300グラムのドジョウをたいらげる。実は一番困っているのは資金面で、トキのえさ代を中心にした管理費は陝西省、共産党、それに個人や企業、日本などに援助してもらっている」

    人工飼育−−中国で成功、日本で失敗…その理由

     ★飛来地の水田は農薬禁止

     日本同様、絶滅の危機にあった中国のトキ保護の取り組みは1981年、地元農民の証言をもとに、中国社会科学院の調査隊が10日間の現地調査の末、7羽のトキを山中で捕獲したことから始まる。

     センターは90年に建設、93年から本格的な保護プロジェクトが始まった。96年には20羽を超え、その後も順調に数を伸ばし、現在、90羽にまで増えたという。野生を合わせ200羽以上にまでなったのである。センターで飼育するトキは、それぞれの両足に左右異なる色の輪がつけられている。両親や誕生年を示し、のちのペアリングの参考にするためだ。

     中央政府の通達で、トキが飛来する周辺の水田では農薬の使用が禁止された。収穫減になる見返りとして、農民に補償金を支払っている。とはいえ、十分な保護予算もなく、補償金を受け取っても農民にとってはむしろマイナスの方が大きい。上部の決定に逆らえないのは中国ならではだろうか。「正直言って、規制に対する反発がまったくないわけではない」(洋県政府関係者)のが実情だ。

     ★日本は生活環境が破壊

     どうして、トキの人工飼育が中国でうまくいって、日本で成功しなかったのか。ずばり聞くと−−。

     「日本がトキの保護に乗り出した時はすでにトキの生活環境の破壊が進んでいた。交通の発展による排ガスや汚染で手遅れだったのでは」(蒙さん)

     「日本ではトキの実数そのものが少なかったからでしょう。洋県とは環境が違ったためかもしれません」(席さん)

     日本への配慮からだろうか。2人は言葉を選びながら、そう答えた。

     「われわれの経験だけでは限界があるので、外の知力と協力し合うことは大切です」と席さんは言う。事実、陝西省動物研究所や上海動物園の鳥類学者らと地元がスクラムを組んで成果を上げている。防護ネット、誕生直後のヒナに与える流動食の栄養分の改良で繁殖率はここ数年、40%以上に達した。

     ★格好の観光資源

     今年5月、センターの南隣に「トキ野化放飛試験基地」を新設した。センターで誕生したトキを野生に返す実験場で、現在6羽がいる。カゴの出入り口を常時開放し、基地内の人工池でドジョウをついばむこともできる。

     「野生のシラサギと共生しながら、やがて洋県の野山に飛び立つ日を期待しています」

     そう話す席さんらが楽しみにしているプロジェクトだ。

     「スチール写真の撮影は中国人50〜100元、外国人200〜500元。ビデオ撮影は中国人200〜500元、外国人500〜1000元」

     センターの入り口に、こんな料金表が掛かっていた。その額の高さに驚くとともに、中央政府が数年前に廃止を通達したはずの「外国人料金」が現存する。交通の不便な山里でも、中国式の市場経済は押し寄せている。

     観光だけを目的に洋県へやってくる人は年間100人にも満たない現状で、張建平県長は「観光開発を進めたい」と期待。トキは格好の観光資源なのだ。

     それでも、ジャイアントパンダなど国内に4種しかいない1級保護動物の一つ、トキの繁殖を支えるのは、人々の熱意にほかならない。席さんは8月2日に半年ぶりに帰郷し、夫と8歳の男の子を残しての佐渡での単身赴任生活に終止符を打った。しかし休暇を取ることもなく、センターに戻って飼育を続ける。

     「失礼ながら……」と前置きし、席さんに現在の報酬をたずねた。日本円で月給約7000円。現在の中国社会では恵まれない待遇といえる。だが、席さんは「この仕事が大好き。もっと条件のいい場所もあるでしょうが、転職は一度も考えたことはありません」。

     眼鏡の奥の優しい目はそう語っていた。

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