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第1回 漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」 竜田一人さん

「いちえふ」1巻の表紙

 東日本大震災後の福島を舞台にした漫画が話題になっている。漫画家らはどのような視点から福島を描いたのだろうか。

     第1回は竜田一人(たつた・かずと)さん(49)の原発ルポ漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」(講談社)を取り上げる。竜田さんは、これまで職を転々としながら、商業誌などで漫画を描いてきた自称「売れない漫画家」だった。震災を機に、被災地で働こうと思い立ち、東京電力福島第1原発(通称「1F」=いちえふ)にたどり着く。そこで見た作業員の日常風景を描き、漫画界の話題を集めた。竜田さんは「福島の真実を描く漫画」ではないことが「いちえふ」の重要なポイントだったと語る。「下から目線で、大所高所からものを言わないこと」を徹底した竜田さんの思いとは何だったのか。【石戸諭/デジタル報道センター】

    「何かを代表する物言いはできません」

     −−福島を描くに当たって注意したポイントはありますか?

    竜田一人さんの自画像

     ◆一番気を使うのは、まず働いたところに迷惑をかけないこと。どこの会社なのか、見る人が見たら分かるかもしれないけど、特定されて東京電力さんから何か文句を言われたりすると悪いなと思っています。一緒に働いた人のプライバシーも同様です。あと描いていく上で、うそは書かないように徹底しています。変なことを描いて、妙な不安が広がらないようにはしようと思っていましたが、実際に原発内に行ってみると不安になるようなことってこれといってないので、描きようがないですね。

     −−視点が独特です。

     ◆「大所高所からの物言いはしないようにしよう」と編集者との打ち合わせでも常に話しています。「いちえふ」は自分の見てきたことしか描いていないから、そこは外さないようにしています。私は所詮、下っ端の作業員にすぎないので、1Fの作業員を代表してとか、福島ではこうなっているとか、全体を代表する物言いにはならないように気を使っていますね。作業員としての「下から目線」は外さないようにしています。あくまで私個人の視点で語れればと思っています。意見は言いますが、何かを評論したり、誰かの判断や行動を評価したりというようなことをしないようにと心がけています。

     −−他の人とは違う経験をしたことで、ついつい大所高所に立ちたくなることもあるのでは?

     ◆それはないですね。むしろそういうのにうんざりして福島に行きましたから。そもそも、東日本大震災以降、評論家やジャーナリストの言い方に「おまえら、ちょっと行ってきただけで何言ってるんだ」という思いはありました。あくまで自分の見てきたことを記録しておこうという意識で「いちえふ」を描いています。記録者としての役割を果たすということに専念したいと思っています。

     −−それはなぜ?

     ◆あまりにも世間で言われていることと、実際に見てきたことが違ったからです。あそこで働いた者の誰かが、何らかの形で(記録を)残す必要があると感じています。文章でも写真でもよかったのでしょうが、自分にできるのが漫画だったので、漫画という形にしました。描いたのはあくまで2012年後半の様子です。「その時点ではこうだったんだよ」ということを後世に残すことには、もしかすると何らかの意味があるのかなと思っています。初めから描こうと思って1Fに行ったわけではないので特に観察しておこうと意気込むことはなかったです。普通にやってきたことを覚えている範囲で、描けることを描いておこうかなと。変なところで記憶力はいいんですけど、取材で話しながら忘れていたエピソードを思い出すこともありますよ。

     −−作業員の表情や立場もさまざまです。

     ◆もちろん喜んで働いてる人ばかりではなく、そこにしか仕事がないから仕方なく来ている人も多いとは思います。それでも徴兵のように強制されて来ているわけではありません。自分で選択して、働くことを自分で決めて来ているのです。それを奴隷のように見られるのは心外です。

     −−放射線や仕事への意識も描いています。

     ◆1Fは行くと死んじゃうみたいなところではありません。(竜田さんが原発で働くことを決めた)2012年当時は、(福島)第1原発に行くと言ったわけじゃなく、「福島に行く」と言っただけでも知人、友人から「やめておけ」と言われることもありました。行ってみたら、働いていた人はほとんどが放射線をそれほど過剰に気にしているわけではないように見えました。「大丈夫だっぺー」とか軽口をたたいたりしていますし。それでも高線量のところに行くときは気を使って、装備を整えて向かいます。ルールが決まっているので、そこから外れた格好をして原子炉建屋方面に向かったら誰かに止められます。総じて厳密な判断と運用をして、働いているという印象を持ちましたね。

     基本的に工事現場なのでちょっとガラの悪そうな人もたくさんいます。そこも面白いところです。元暴力団関係者みたいな人もいるのかもしれませんが、過去を詮索しあうことはありませんでした。やはりいろんな境遇の人がいますしね。何らかの事情は抱えているっぽいけど、あえて聞かないですね。他の工事現場でもそうじゃないかな。やっぱり巨大な工事現場なんですよ。やっていることはね。1Fの作業は同時進行でいろんなことが起きています。建設中の建物もあれば、解体中の建物もある。稼働中の原発の保守点検作業に近いような職場もあります。同時進行でいろんなことが起きている、でかい工事現場ですよ。

    「原発をぱっと見ただけで全ては分からない。自分はよそ者」

     −−竜田さんの最初の職場は原発内の休憩所でしたね。それだけ巨大だと作業員同士でも隣のことは分からないのでは?

     ◆分からないですね。例えば、こっちでは配管作業をしているけど、あっちではタンクを作っているとかね。そういう感じです。建屋の中でいると外で何をやっているのかは分からないし、その逆もそうです。ましてや休憩所で働いている時なんかは見えないことの方が多い。マスコミの方が見学ツアーで来て、東京電力さんにバスで一周させられて「いまだに大変だ」と言われても、あなたたちが見たところはそうかもしれないけど、他にもいっぱい現場はあるんだよって言いたくなります。大変なのは間違いないですけど、日々作業は進行していて少しずつですが着実に現場は改善しているんです。ツアーで一周しただけで、いまだに大変だと騒ぐだけの物言いをするのにはちょっと抵抗があります。ぱっと見て、全てを一緒くたに語ってほしくないという思いはありますね。

     休憩所勤務の時も、ちょこちょこ抜けて外を見にいってましたけど、建屋の中までは分からない。私は全ての現場を体験しないと総合的にどこがどうなっているのかは言えないと思っています。中にいるやつだって全ては分かりませんし、時には誤った情報が飛び交うこともあります。東京電力さんのホームページでもう少し分かりやすく公開されたらいいかなと思っています。

    「いちえふ」1巻より

     −−登場人物の中には原発近くに住み、津波で家を流されたりしながらも1Fで働くという作業員もいます。気持ちも揺れ動いてますね。

     ◆1Fの近所に家があって戻れないという人もいますし、帰還困難区域との境界近くに家があり「俺の家はどうなるんだ」と悩んでいる人もいました。ただ、そういう話題も飯を食いながら、バカ話の間に出てくるんですよ。ぽろっと。真剣なトーンでもなく、バカ話の延長で話すんです。「将来的には戻ろうか。それとも(福島県)いわき市辺りで家を買おうか」と迷っているなんて、話もあります。そういう人って東京電力の仕事で給料をもらっているけど、それとは別に東京電力と補償交渉していたりして被害者の立場でもあるわけです。東電が雇用主でありつつ、賠償させる相手なんですよ。その胸中は私には想像するしかない。

     東京では想像できなかったけど、1Fで働く人と補償を求める人がすっぱり分かれているわけではない現実があります。避難して交渉している人の中に、あそこで働いている人もいるんですよ。

     −−そういう方が読んでも誇張はないように描かないとうそになる。

     ◆だから、雇用主(東電)を徹底的に悪者にするのも違うし、だからといって事故を起こした企業ですから、その相手に対して、仕事をくれてありがとうと感謝するわけでもない。人間の気持ちはそんなにきれいに分けられないと思う。東電は雇用主でありつつ、賠償の交渉相手という現状が一人の個人の中にあるんですよ。事故を起こした当事者で、家を奪った憎むべき相手の仕事かもしれないけど、目の前の仕事はきちんとこなさないといけない。いつか、もと住んでいた所に帰るにはそうするしかないわけですし。仕事としてどうにかしないといけないわけで、みんな「ちゃんとやらないと」っていうプロ意識が強いです。

     −−それはどの仕事でも同じですよね。

     ◆そうですね。どの仕事でもあると思います。例えば特集を組んでいただいた「週刊現代」でも「いちえふ」のエピソードを描き下ろしで掲載しました。週刊現代は(福島第1原発の)事故後、不安を強調する記事も多かったと思います。さきほどお話した評論家やジャーナリストと同じで、不信を感じた雑誌ではありました。正直、仕事が来るのは意外でしたが、それでも頂ける仕事は仕事だし、そういう雑誌からでも私のようなものに声がかかるんだから、それはちゃんとやらないといけないですよね。

     −−福島との関わりでいえば、「よそ者」という意識はありましたか。

     ◆ずっとありましたね。福島には友達くらいはいたけど、基本は縁もゆかりもない。もちろん作業中に疎外感はないですし、福島の同僚もよくしてくれました。それでも自分の中にはよそから来ているという自覚は常にありましたよ。自宅が避難区域にあり避難した人、津波に遭った人、余震に遭った人……。自分は同じような経験をしたわけではないので同列には語れないですよね。

     日本に住む人なら皆事故とは無縁ではないと思いますが、福島や被災地を代表して何かを語れる当事者ではないということです。半年間、働いたからといって自分が何かを代弁できるとはまったく思えません。

     −−東電との関係を邪推されることも多いということですが。

     ◆福島を代表して何も語れないのと同じで、東電を代表することもできないですよ。トップは東電かもしれないけど、実際の工事は各プラントメーカーなどがやっているわけです。自分はそのさらに下の6次下請けの下っ端作業員。そんなやつが東電のフォローをできるわけがないというのが普通の感覚だと思います。それでも朝日新聞の記事(4月29日付朝刊で「廃炉の現実」についてコメントを寄せた)で再稼働問題に言及してから、特に言われているようです。そこで言いたかったのは廃炉のために職人、作業員の確保が大事ということ。そのために一つの選択肢として再稼働もちゃんと検討してはどうかということなんです。1Fは基本的には運転中の原発と同じです。ですから運転している原発で技術を継承しないと職人かたぎの作業員を確保し続けることが難しくなるのでは、と思ってきました。

     40年かかると言われている廃炉作業ですから、今あるものは有効に使って長い目でみるべきと発言したつもりでした。それでも、推進派と反対派の二極化した論争に巻き込まれてしまいます。私は自分の目でみた現場の視点から語っただけで、推進派というわけではありません。とかく二極化された論争になりがちですが、そういった論争に拘りすぎて、現場がないがしろになるのだけは避けてほしいと思います。

     −−1Fは他の工事現場とは違いますか?

     ◆規則も厳しいですし、もちろん放射線もある。注意することが多いのは事実です。高線量の場所は制限もあって1日1時間くらいしか働けない。作業のための準備の時間がありますから拘束時間は8時間くらいありますが、短い実働で稼げるので、考えようによっては他の場所よりおいしいということもできます。ただ、職人の世界は徒弟制ですからね。廃炉のための技術継承を考えると、あそこの現場だけで経験を積むには時間が全然足りないな、と感じています。

    「『放射線なめるな』って話なんですよ」

    「いちえふ」1巻より

     −−和気あいあいとした職場と思いきや、ベテラン作業員が新人に「放射線なめるな」と一喝するシーンもあります。

     ◆ちょっと漫画的な表現になってはいますが、ベテランの作業員さんなんかからはああいう思いをすごく感じました。1Fでふざけた態度をとると怒られるし、緊張して警戒しすぎても足手まといになるので。一生懸命勉強して正しい知識を身につけて適切な対処をするということに尽きるのです。作中で注意された新人みたいに初めて現場に行って頭が痛くなるなんていうのはざらです。彼は放射線の影響を心配してたんですが、なんてことはない、単にマスクのゴムバンドをきつく締めすぎたのが原因なんです。

     −−作業員の体調管理は大変そうです。

     ◆人間だから体調の波はあるに決まってます。倦怠(けんたい)感だってありますよ。肉体労働なんだから、かったるい時だってあるに決まってますよね。中には鼻血を出した人もいました。見たのは1人だけですが。あれだけ作業員がいれば、1人ぐらい鼻血を出す人もいるでしょう。問題は鼻血を出した、出さないじゃなくて、それが放射線の影響かどうかですよね。そこで「放射線なめるな」って話になるんですよ。現場で放射線の影響が症状として身体に出るようなことがあったら、それは即座に命の危険を意味します。そうすると私たちは1Fで働くどころではなく、命の心配をしないといけない。それを防ぐためには、正しい知識を身につけ、適切な対処をするしかないんです。1Fとはそういう職場なんです。例えば、建屋内では場所ごとに「毎時○○ミリシーベルト」と張り紙が貼られていて、線量が「見える化」されています。特に線量が高い場所には近づかないようミーティングなどでも注意もされています。作業員の年間被ばく限度量を20ミリシーベルト弱に定めている会社が多いので、線量をきちんと管理しないとすぐに人が足りなくなってしまいます。

     放射線よりも直接的に身体にこたえるのはなんといっても暑さです。とくに夏場は熱中症が頻出します。全面マスクとタイベックを着込んでの炎天下での作業中はずっとサウナの中にいるのようなものなのです。あとはマスクの中で鼻がかゆくなってもかくことはできないし、急な尿意や便意みたいなものにも相当気を使います。案外、単純な生理現象が一番困るんですよね。40代後半で中堅どころという現場なので、50代の人もいっぱいいます。先に話した新人のように20代で若くてもフラフラになりますからね。健康は誰でも気にしますよ。肉体労働をする限り、体調管理には気を使います。

     −−体調に関する質問は多いでしょうね。

     ◆帰ってきてから「体調はどうですか」と、ものすごく心配してもらうことは多いです。それは良いのですが取材で「やっぱり顔がやつれてますね」と言われた時はさすがにカチンときました。友人、知人で心配する人には「影響ないから」って話しています。すぐに放射線の影響だ、なんて現場で言う人はいないですよ。体調面に限らず、現場でやっていることと東京で議論されていることに差があるし、作業員に対して心配して言ってくれていることもなんかピントがずれているなと感じることもあります。「奴隷のような環境」と職場環境をあげつらう報道が目立ちますが、廃炉作業を続けていく上で実際に一番大事なのは作業員の確保です。1Fで作業する人数だけなら待遇が良ければ確保できるでしょうが、このままでは経験や技術のある作業員が足りなくなるというのが一番の問題なんだと思います。新しい職人を育てようにも、高線量の建屋内では、ネジをゆるめる仕事でも1時間でその日の作業は終わりです。1Fで技術の継承は難しい。東京でも建設的な議論がなされるといいと思っています。

    「『真実』なんて描けません。唯一私が言える福島の真実は飯がうまいってことですかね」

     −−1Fでもっと見ておく必要があった、と思うことはありますか?

     ◆ここまで漫画をちゃんと描くと分かっていたら、現場をもっと丁寧にいろんな角度から見てきたのにと思っています。覚えていないところを想像では描けないですから。単行本のカバーに描いたのは3号機なのですが、4号機方面を描いてくれと要求されたことがあります。それでもね、当時どうなっていたか、ちゃんと覚えていなくて……。今の資料があれば描くことはできるかもしれないけど、当時とは違う可能性もあるのでそれは描けない。そもそも取材しに1Fに行ったわけではないので、記憶の濃いところと薄いところがありますよね。今からでもロケハンに行ければいいんですけど、この状況ではちょっと難しいですね。

     −−「いちえふ」の読まれ方、取り上げられ方自体が、原発や福島を描くことの難しさを象徴しているようです。

     ◆本当にそうですね。取材される方も皆さん、本当に多様です。1人1人が期待する原発像がありますよね。ある新聞はいかに労働環境が悲惨だったかを徹底的に聞こうとしました。確かにひどい目にも遭いましたけど、個人的にはそれでも面白い経験だったと言えます。語弊があるかもしれないけど。あとはやたらと身体を心配する質問ばかりだったり、再稼働や原発推進と言わせようというご質問もいただくこともあります。皆さん、いろんな読み方をされますよね。いかに原発を巡る議論が複雑化しているかを身をもって思い知りました。みなさん、自分が見たい方から1Fを見ようとしてしまうのだろうなと思います。

     でもね、それは私だってそうかもしれない。私だって決してフラットじゃないし、自分なりにバイアスがかかった見方をしているかもしれない。自分を中立だとは思っていないです。それでも「いちえふ」は中立だと言ってもらえることが多いです。このこと自体、これまでいかに偏った議論ばかりだったかということの表れなのではと感じています。

     −−この漫画には「『フクシマの真実』を暴く漫画ではない」というコピーがついていますね。何か狙いがあったのですか。

     ◆このコピーは初めて「いちえふ」がモーニングに載った時に担当編集者が付けたものですが、特定の何かへの当てつけで付けられたものではありません。震災以降にたくさん出てきた「真実」を暴く作品とは趣旨が違いますよ、ということです。私自身、そういった作品や報道にうんざりしていたこともあります。それに「真実」が何かなんて私にはわからないし、現場にぱっと行って「真実」を私が掴んでしまうなんてことはあり得ないと思います。繰り返しになりますが、この漫画においては「真実」を探ることよりも、私が見てきたことを描くことが重要だと思っています。福島なり1Fの一側面を記録することが全てなんです。

     だから、「いちえふ」を読んで「これこそ原発事故の真実だ」っていうのも、ちょっと待ってほしいと言いたくなるときがあります。あくまで私が見てきた部分を描いていることは強調したいです。一つ、これが「真実」と決めてしまうと他のものが見えなくなる可能性があります。

     あっ、行って私が知った福島の真実は食い物がうまいってことですかね。

     そもそも実際の現場で事実を確かめることすら、大変なんですよ。現場で流れているうわさを聞いて、何かが起きたとされる場所まで自分が確かめにいったらうわさとは全然違う、なんてこともありました。この話は今週号の「モーニング」に描いています。やっぱり現場でも分からないのに、外からだと余計に分からないこともあるのではないか、と感じていました。

     −−大上段に構えた話よりもディテールに力を込めている印象があります。

     ◆自分が面白いと感じたところを描いていくと、ディテール(細部)になっていきます。大づかみの部分よりも、細かいところを見ている方が面白かったなあ。これも今週号で描きましたが、あの現場では「KY」といえば「危険予知」なんです。普通は「空気が読めない」ですよね。今週の「週刊現代」に描いた話も建屋の中からトイレに行くという、細かいネタですからね。こうした話にも書きたい話が多くて。ちょっとした話なんですけど、外から一番わからないのはこういう日常の部分なのかなと。

    竜田一人さんの放射線管理手帳

     −−これが竜田さんの放射線管理手帳ですか。

     ◆そうです。預金通帳みたいなんですよ。職歴もちゃんと書かれていますよ。被ばく量もここに記録されています。ここでだんだんたまっていって20ミリシーベルト近くになっていますよね。これで現場に行けなくなったわけです。手帳を作業員同士で見せ合うことはないですね。

     −−実際の現場とイメージが違う部分は多いとあらためて感じます。

     ◆四六時中緊張して働いているわけではないですよ。ギスギスしてもしょうがないし、リラックスして働ける環境も大事です。やっぱり、廃炉作業を終わらせるためには誰かが働き続けないといけないので。

     「いちえふ」に描いたように私が福島に行ったのは「高給と好奇心とほんの少しの義侠(ぎきょう)心」。仕事に困っていたし、どうせ働くなら被災地、そして福島で働きたいと思っただけです。この漫画を通じて、現場で働いている人の顔が想像できるようになってほしいなと思っています。親近感とは違いますけど、どういう環境で働いているかは分かってほしいという思いは込めています。レッテル貼りをしたり、大所高所に立ったりしているだけでは解決しない問題が現場にはまだまだあると思うのです。

    作業場で漫画を描く竜田一人さん

     一緒に働いた作業員同士、打ち上げでいわき市辺りまで酒を飲みに行ったり、お話したように被災した作業員とバカ話することもありました。被災者だからといって暗い顔ばかりしているわけではないのです。そういえば、国の政策がどうなるというような話はあまりしませんでした。国の政策を議論するより先に、目の前の現場を片付けたり、作業員が自分の境遇をどうするかを考えるので精いっぱいという場所が1Fなんだ、と私は思っています。もう少し連載を続けて、また1Fに戻ろうと考えています。廃炉の行方を自分の目で確かめたいのです。

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