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忘れられる権利

判決の意義や背景を聞く

 「忘れられる権利」は、なぜ認められたのか。欧州連合(EU)司法裁判所の判決の報道文を、仮訳して公表した情報通信総合研究所の中島美香研究員と小向太郎主席研究員に判決の意義や背景を聞いた。【聞き手・尾村洋介/デジタル報道センター】

 −−判決の意義は?

「忘れられる権利」判決についてインタビューに答える中島美香・情報通信総合研究所研究員=情報通信総合研究所で2014年6月4日、尾村洋介撮影

 中島 一番大きな意味があると思っているのは、検索サイト自身が責任を求められた点です。リンクの先にある元の情報は適法であっても、検索サイト自体の責任を認めている点で注目に値します。検索情報それ自体が、EU個人データ保護指令の対象になるということが述べられていることに意味があると思います。

 −−EU指令は、法的にどのような意味を持っていますか?

 中島 1995年に採択されたEUにおけるデータの取り扱いに関する共通のルールです。具体的な法の執行については国内法に基づいて行われます。国内法の上位にある法律という位置付けです。これとは別に、現在提案されているEU規則案というものがあり、これが成立するとEUの各国に直接、その規則が適用されるようになります。

 小向 EUには、EU域内のルールを作るいくつかの法律の形式があります。一番強い拘束があるのが「規則」で、直接、EU域内の法律として通用するもの。それより少し各国の自由度を広くしたものとして今回の「指令」がある。指令に基づいて、「こういう法律を構成国は作らなければならない」と定めています。EU個人データ保護指令は、そういう位置づけで、欧州委員会が条文の意味を示し、各国もそれを反映するようなかたちで法律の整備を続けてきた。このEUデータ保護指令について一段強い規制をしようという議論が2年ぐらい前から行われている。それが「一般データ保護規則案」と呼ばれているものです。

 日本で言うと、個人情報保護、パーソナルデータ保護全般について新しい規則を作って、規制を強化しようというものです。その中に「忘れられる権利」というタイトルのついた条文があったということです。

 −−「忘れられる権利」という言葉は現在のEU指令の中には入っていないんでしょうか。

 小向 入っていません。それで、規則案に「忘れられる権利」という条文が入って話題になったんです。ただ、EUの議会を通った最終的な法案では「忘れられる権利」というタイトルは消されています。「忘れられる権利及び消去権」というタイトルだったのが「忘れられる権利」という言葉が消えて「消去権」だけになっています。

 −−「忘れられる権利」は、なくなってしまったんですか?

 小向 ただ、現在の消去権に関する条文が実質的に「忘れられる権利」なのではないかという人もいるし、違う権利なのでは、という人もいます。

 −−今回の判決の「忘れられる権利」は、何に基づいて認められたのでしょうか。

 中島 現行のEU指令第12条が、一定の場合にデータの削除等を定めており、本判決は同規定に基づいて削除を認めています。現在提案されている規則案の目玉の一つとして「消去権」がありますが、今回の判決で現行法上でもリンクの削除権が認められたので、規則案に「消去権」や「忘れられる権利」という新たな項目を、わざわざ立てる必要があるのかという議論もあるようです。

 −−欧州では、どのような背景があって「忘れられる権利」の議論が出てきたのでしょうか。

 中島 一つは、欧州は、米国のグーグルのような会社を見ているのではないか、ということが言われています。グーグルのような多国籍企業、世界的にサービスを展開している事業者は、米国にサーバーを保有しつつ、EU域内の人々に検索サイトサービスを提供し、EU域内でも収益を得ている。

 また、人権保護の観点からは、インターネットの中で自分のデータが未来永劫残り続けるということについて、自分の過去のデータを消去したい、自分の情報は自分でコントロールしたほうが望ましいという考え方があります。つまり、欧州では、「忘れられる権利」という理念の形で、グーグルのような企業に対抗するという動きになっているのではないかと思います。

 −−「忘れられる権利」は人権を基にした概念なんでしょうか。

「忘れられる権利」判決についてインタビューに答える小向太郎・情報通信総合研究所主席研究員=情報通信総合研究所で2014年6月4日、尾村洋介撮影

 小向 ヨーロッパ諸国では、欧州人権条約に基づく人権が保障されており、EU指令や規則案でもそれが尊重されている。EUで法律を作るにはまず、欧州委員会が法案を提案して閣僚理事会と議会が共同採択しなければいけない。今は、委員会が出した規則案を議会が可決、採択した段階です。これから共同採択のために閣僚理事会と議会が両方合意する条文にすり合わせをしないといけなくて、たぶん1年ぐらいかかると言われています。

 −−今回の判決に対しては、米国の法学者の間で批判が強いようです。米国と欧州の感覚の違いはどこから生まれているのでしょうか。

 中島 米国は、表現の自由を理念として大切にしている国です。一つは、表現の自由を重要視する米国との理念的な対立があるのではないかと思います。

 インターネット上の情報には、例えば、政治家に関して私達が知りたい情報や犯罪に関する情報など、公益性が高く、公共の目的に照らして公の情報として知っておく必要のある情報があると思います。これらの情報の当事者が、グーグルの検索リンクから自分の情報を削除してくれと申請して、削除ができてしまうということになったときに、どのように考えるべきか。表現の自由と、個人のプライバシーに関する権利利益の問題が天秤にかかるような理念の対立があるのではないかと思います。

 −−今回の判決の対象は、私人の過去の債務情報でした。

 中島 現時点では、債務は完済されているそうです。グーグルに削除を求めたスペインのゴンザレスさんは、当時は妻帯者だったが現在は離婚しているなど、現在の状況に照らすと状況を正確に表現した情報ではなくなっているから削除してほしいという要請のようです。裁判所は、16年も前の過去の情報が今の時点では不適切であると判断したのですが、おそらく、私人の過去の情報まで、不正確なまま維持する必要性は認められなかった、ということだと思います。

 −−「忘れられる権利」の定義は?

 中島 現在提案されているEUデータ保護規則案第17条は「個人が、管理者に対して、自らに関する個人データを削除させる権利、当該データのさらなる拡散を停止させる権利、及び、第三者に対して、当該データのあらゆるリンク、コピー、または複製を削除させる権利」という内容になっています。

 −−過去に地元の新聞に載った債務の情報は、その時点では事実だったが、現在は完済されている。今回の判決は、グーグルにリンクの削除を求めましたが、新聞社には元データを消せとは言いませんでした。

 中島 元の情報は適法な公表物であったとして、削除については言及されていません。

 −−なぜ今回の判決は、新聞社には削除を求めず、グーグルにリンク削除を求めたのでしょうか。

 中島 裁判所は判決文で、グーグルの検索エンジンがなければ、私達はそもそも、データの元情報になかなかたどり着かない、たどり着けたとしても、それはわずかの可能性に過ぎない、と述べています。グーグルの検索エンジンの影響力を考慮しているように思われます。

 小向 本件ではスペイン裁判所が、新聞社に対する申し立ての判断について、EU司法裁判所に意見を求めていないからでしょう。

 中島 EU司法裁判所が判断したのは、グーグルの検索エンジンに関する問題です。男性はスペインのデータ保護局(AEPD)に、新聞社に対する申し立てもしていましたが、その情報自体は適法として却下されています。一方、グーグルスペインと米グーグルに対する申し立ては認めた。これを不服として、グーグルがスペインの裁判所に訴訟を提起した。これに関してスペインの裁判所がEU司法裁判所に意見照会をした、という流れです。

 −−今回の判決の妥当性についてはどう考えますか?

 中島 バランスの問題であり、非常に難しいです。

 −−米国での報道や研究者の意見には厳しいものもありました。

 小向 「ちょっと行き過ぎではないか」という話ですか……。当然それはあると思います。米国と欧州では個人情報保護の制度がずいぶん違います。米国は表現の自由もそうですが、法律や規制がビジネスを制限しないことを重視していて、包括的な個人情報保護法もないなど、スタンスがずいぶん違います。ただ、個別の事象については米国の裁判所や連邦取引委員会は厳しいことを言うこともあるので、実際に争ったら分からないですけれども。この事案については、背景的な重要度とか、男性がどれだけのダメージを受けているかが分からないので、日本でいま見ている材料だけでは判断できないでしょうね。ひどいダメージを受けているということであれば、日本や米国でもリンク削除が認められる可能性があるかもしれない。

 中島 リベンジポルノのような問題もあります。自分の裸体の写真がネット上に出てしまって、精神的なダメージが大きく、仕事も辞めなければならない、権利侵害や被害の度合いが重大ということであれば、情報の削除が認められやすいと思います。今回の事案のような場合には個人の権利利益と、グーグルの検索サイトを使う一般ユーザーの利益や事業者の利益について、バランスをとって利益衡量しなければならないということで、裁判所も総合的に判断しています。公人の情報なども含め、何でも無条件に削除を認めているのではなく、グーグルに「きちんと判断しなさい」と述べています。

 −−どういう事案について認められるのかは分かりにくいですね。

 中島 今回の事件で一つ特徴があるのが、16年間という一定の期間が経過したこと、「風化」というような考え方を取り入れているところです。まさに、「忘れられる」ことを認めるかどうかということが争点となっています。

 インターネットに関する問題ではないですが、日本では、過去に犯罪を犯した人に関する書籍について賠償を認めた「逆転」事件をめぐる最高裁判所判決があります。私人が12年前に傷害事件を起こし、有罪とされて実刑判決を受けたが、それを自分の妻にも隠して生きていた。ところが、それがノンフィクションの題材となり、精神的苦痛を負ったとして損害賠償、慰謝料請求が認められました。

 出版の差し止めが認められた事案ではありませんでしたが、私人が昔の自分の事柄についてあまり知られたくない、現在の平穏な生活についてそっとしておいてほしいという価値を守ろうとした判決は、日本にもあるのです。

 −−「風化」は、どのように判断に影響を与えるのでしょうか?

 中島 犯罪事実や債務など、他人に知られたくない自分のプライバシーに関わる情報で、問題があった時点では知られても仕方がなくとも、それが20年経った後とか、後々までは公にしたくないということは、個人の名誉、信用、プライバシーなどに照らして守られるべき価値があるのかも知れないという考えです。

 今回の事案でも16年という期間が経過した後では、当該データが不十分となり、不適切であるか、もしくは当初の適切性を喪失していたり、あるいは過剰となっていると思われるような場合、「当初は適法であった正確なデータ処理であっても、時とともに、EU指令に抵触するようになることもある」と、裁判所は述べています。

 −−状況が変化したすぐ後だったら削除は認めないけれども、もっと時間が経過したら、リンクで幅広く知らせる必要はないという感覚が働いているんでしょうか。

 中島 検索サイトで、自分の名前を検索すると、顔写真や情報が出てきて自分のプロフィールが簡単に構築されてしまう。それが現在の情報とかけ離れていて、現時点では正確ではないという判断がなされたのではないかと思います。

 −−ネットと検索エンジンの普及で、誰もが簡単に情報にアクセスできるし、拡散できる状況になったからこそ「忘れられる権利」を認めるべきだという考えが出てきたのかもしれませんね。新聞社の縮刷版やデータベースの中にあるだけだったら、そんなに簡単にアクセスはできないし、広まらないですしね。

 小向 「逆転」事件も、当時の新聞を見れば、今でも読むことができる。判決では、訴えた方は沖縄を離れて生活を送っていたので、それを乱されない権利が認められるべきだという考えが示されたのです。今は検索エンジンで名前を検索すれば、同じような事態となります。日本でも、グーグルに検索結果を表示させないような判決なり請求ができるのか? 判決を素直に読めば、一定の条件が満たされれば請求が認められる場合もあるかも知れません。元データも消さなきゃいけないとなったら、新聞社やジャーナリズムにとってはきついですよね。ただし、「逆転」事件の判決は、古い新聞や縮刷版を燃やせとはもちろん言っていません。

 −−EU圏内であれば、今後、すべてこのような判決がされることになりますか。

 中島 少なくともスペインの裁判所は今回の判決に拘束されることになりますし、類似の事例があれば、同じ判断基準が示される可能性が高いと思います。

 −−今後の手続きは?

 中島 今度はスペインの裁判所がEU司法裁判所の判断に基づき、国内法に照らして判断を行います。

 −−日本でも、リンクを消して欲しいという要求はあると思うんですが、それを検索エンジン会社に求めていく場合、どのような法律に基づいて求めることが可能ですか。

 中島 民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求や差し止め請求です。プライバシー侵害あるいは名誉毀損が考えられます。グーグルのサジェスト機能(検索語を予測表示する機能)に関しては、プライバシー侵害あるいは名誉毀損を理由として実際に訴訟が起きています。

 −−民法の不法行為で、リンクから削除するという差し止めも認められますか?

 小向 サジェスト機能の差し止めは下級審では認められました。認められるかどうかは裁判所の判断次第ですが、表現行為の差し止めには、本来慎重にならなければいけないという面はあります。それこそ表現者にとって表現行為の差し止めというのは「死刑」に当たりますから。未来永劫その表現が出来ないということになるので、昔は裁判所が慎重な立場を取っていましたが、最近はそうでもないところがあります。

 −−今回の判決について「グーグルに検閲をさせるのか」という指摘もありました。グーグルが勝手に、リンクするものとリンクしないものを選んでいいのか、という感覚が基にあると思いますが、これは検閲にあたるのでしょうか?

 中島 公の情報の価値を考えると、例えば、犯罪者が、自分の犯罪情報をリンクから消してくれと申請した場合に、応じて良いのかどうかという判断は、検索サイトをどう見るかによって変わってくると思っています。マスコミのように重要なメディアと考えるならば、安易に応じるのはいけないとの考え方があるでしょうし、グーグルは単に場を提供しているだけだと考えるのだったら、削除に応じます、という話になるのかも知れません。

 −−興味深い指摘ですね。

 小向 「検閲だ」という議論は直感的になされていて、必ずしも法的な議論ではありません。検閲の禁止が求められるのは権力によって検閲がなされる場合です。(私企業の)グーグルが何をリンクに表示するかは自由ですから、法的な意味での「検閲」にはならない。今の中島の意見には「グーグルを社会的に重要なものとして見ると」という前提があります。

 グーグルが検閲するとけしからんというのは、グーグルが検閲してはならないという判断が前提としてないと成り立ちません。何を報道するかという報道機関の自由があるのと同様に、どういう検索をするかはグーグルの自由です。グーグルが自身のアルゴリズムであらかじめ除外すると決めても、それは本来の意味の「検閲」にはなりません。ただ、そうは言っても「検閲的」な弊害があるというのはその通りだと思います。

 −−グーグルの検索でアクセスできないものがあると困る、という感覚があるんでしょうね。

 小向 一方で、グーグルを社会の公器だと考えれば、検索の結果を裁判所の判断でチェックさせるのは検閲だ、という議論はあり得ます。そこまでの公共性があるのかどうかは分からないですけれども。

 中島 今回の判決は、その辺りをぼかしていて、グーグルが自分で考えなさいということで結論づけています。自分で判断する、事業者としての判断を優先させる以上は、検閲とは言えないだろうと思います。

 −−判決の後、グーグルが、削除要請のための申し込みのフォームを発表しましたね。

 小向 厳しい規制がかかるよりは、事業者が自主的な取り組みで人権の侵害が起きないように工夫をしていった方が、事業を制約しないので、一般論としては望ましい。こういう提案があったことは良いことで、それで十分な抑制が効くのであれば、それこそ、「忘れられる権利」とか消去権と言われるものは、弊害も懸念されているので、過剰規制にならなくて済むのではないかと思います。

 −−政治家など、公人がリンクを消せといってきた場合は、よりシビアな状況になりますね。

 中島 その点についても、今回の判決で「グーグルが自主的に判断せよ」とされています。政治情報をどう取り扱っていくかという問題は、実際に何か新しい事案が出てきたときに、線引きがされていくのかも知れません。

 小向 グーグルは、新聞社やジャーナリストのように「真実性」や(真実であるとの相当な理由がある)「真実相当性」での抗弁はしないのではないでしょうか。名誉毀損の場合、日本では、公共の利害に関わる事柄であって、公益目的で行われた表現行為は、適示した事実に真実や真実相当性があれば、名誉毀損に当たらないという規範があります。これは通常、訴えられたときにジャーナリストの側が抗弁する事由です。

 一方、グーグルは「これを消してください」と言われたときに「これは公益目的で、削除は公共の利害に反する」という抗弁はたぶんしない。それは、情報を残すかどうか判断するに当たって、ジャーナリストとの場合にはある調整機能の一つがないということですよね。検索エンジンにまでそういう抗弁を求めるのは何となく違和感があり、実際されないと思うんです。そのへんは確かに課題かもしれないですね。

      ◇

 なかしま・みか 情報通信総合研究所法制度研究グループ研究員。東海大大学院法学研究科修士(法学)、同大大学院博士課程満期退学。専門は民法(名誉毀損研究)。主な論文に「電子書籍における競争法に関する最近の動向」「グーグル・ヤフーの事業提携をめぐる競争法に関する最近の動向」など。

      ◇

 こむかい・たろう 情報通信総合研究所法制度研究グループ部長・主席研究員。早大客員准教授。早大政治経済学部卒、中央大博士(法学)。主な著書に「情報法入門(第2版)デジタル・ネットワークの法律」(NTT出版)、「表現の自由2−状況から」(共著、尚学社)、「プライバシー・個人情報保護の新課題」(共著、商事法務)など。

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