メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「知ろうとすること。」在家のすすめ−−糸井・早野対談詳報(1)

共著「知ろうとすること。」の執筆過程などについて話す糸井重里さん(奥)と早野龍五・東大教授=東京都千代田区で2014年10月29日、徳野仁子撮影

 コピーライターで「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰する糸井重里さん(ツイッター:@itoi_shigesato)と早野龍五・東京大教授(ツイッター:@hayano)の共著「知ろうとすること。」(新潮社)が話題になっています。2011年の東日本大震災直後から福島の放射線の事実を分析し、ツイッターで発信を続けた早野さんとその姿勢に共感した糸井さん。共著発売から1カ月、2人はいま何を考えているのでしょうか。毎日メディアカフェで10月29日にあった公開対談「『知ろうとすること。』からはじめよう」の内容をまとめました。【まとめ:石戸諭/デジタル報道センター】

二人が震災直後に考えたこと

 −−本日の司会は斗ケ沢(秀俊・毎日新聞水と緑の地球環境本部長、ツイッター:@hidetoga)が務めます。まず震災、原発事故後にお二人が考えたこと、行動したことを伺って対談を始めたいと思います。

 早野さん きょう僕は、表紙で着ているTシャツを着てきました(着ていたシャツを脱ぎTシャツ姿に。会場から拍手)。ご質問の答えは本に書いてあります(笑い)。もう一度、話すことがあるかな。同じ話をすると、自分で話したことで自分の記憶が固定化されていくので、実は危ないと思っています。

 糸井さん 実にロジカルな答えですね。確かにもう一度、本と同じ話をする意味はないと思います。同じ話をするのは僕には難しいです。

 少し、震災直後のことを振り返ると、あの時は「何もわからなかった」というのが僕の思いです。当時、「どちらの選択も尊い」と明言しました。あのころ、東京には「どう避難するか」を考えている人がいた。その一方で、「俺は逃げないぞ。俺は男だ」という人もいた。僕自身はどこかに出ても、残っていても、あとでみんなでやらないといけないことが絶対にある。だから「残った」だの「出た」だのという話をあんまり強調すると、チームプレーに差し支えると思ったのです。

 だから「俺はいるよ。出てうまくいったとしても、また戻ってくるに違いないから、出た方がいいとか、残った方がいいとか人に言わないで勝手にやる。だからどちらの判断も尊い」と言いました。「正しい」という言葉はなかなか使いにくいですが、使ったかもしれません。意味としては「どちらも間違っていない」と言ったつもりです。

 早野さん 僕の場合はもう少し複雑です。ここから本に書いていない話をします。

 (11年)3月15日くらいだったかな。文部科学省に呼ばれまして、当時の副大臣から「最悪、何が起こると思いますか」「首都圏避難の事態になると思うか」と聞かれました。「思うか」と聞かれてもなかなか答えづらいのですが、持ち帰ってうちのチームで最悪シナリオを考えました。実際、かなり生々しい議論をしていました。これはリアルタイムでツイートはしていません。直後にそんな日々を送っていたらある日、ツイッターのフォロワー数が15万人を超えていた。そうなると社会的責任から逃れられないですよね。大学の一部からは「あいつが変なことを言うと大学に傷がつく」というようなことを言われたりしたそうですが。

行動の指針になったツイッター

 −−給食陰膳調査の提案を毎日新聞(11年10月20日付)に寄稿しましたね。これはどういうお考えですか。

 早野さん これも本に書いてあります(笑い)。あまり言うとネタバレになりますので、ぜひ読んでください。

 それはともかく、当時から「測ったところでどうせ0ベクレルかそれに近い値だろう。検査に無駄にお金をかけているだけでは」という批判もありました。僕は当時、首都圏では0だろうと確信を持っていましたが、福島県内では場合によってはたまに1食に2〜3ベクレルの値が出るかもしれないと思っていました。

 2011年の夏に文科省の担当者に給食を測ろうと提案したのですが、「もし出たら現場が混乱するから測りたくない」と言われました。ウェブでアンケートを取りました。その結果、7000人くらいの回答が寄せられ、多くはやった方がいいとお答えいただきました(当時のアンケート結果)。これを見ても、人々の納得のためには正しく測って公開を続けるのが必須なのではないかと思いました。そこで(毎日新聞に)寄稿したのです。

 糸井さん これはちょうど震災の年の秋ですね。そのころはある程度、事実が積み上がっていて問題は見えやすくはなっていたと思います。

 早野さんの意図はツイッターを読んでいるだけで、よくわかりました。「0でなかったらどうするんだ」という発言に対して、「0でないなら、ない時のやり方はあるし、恐らく0だというのを見せる」というやり方はわかりやすいなあと。でも、「いまごろか〜」と思ったんじゃないかな。

 早野さん そうかもしれないですね。

 糸井さん 「もっと早く」は逆に言うとできにくかったのかな。震災直後と10月の段階ではだいぶ違う。最悪の事態はどうなるのか、というのがテレビの画面から流れてきたり、最悪の事態だけを語る人に対してもみんなが「それなりにありうる」と思って聞いたり、読んだりしていたのは恐らくあの年の夏ごろまでじゃないですかね。

 僕が「あれれ」と思ったのは、どういうリスクがあるかを語る人が、どうしたらいいかを一言も語らなかったことです。それが困ったな〜と思っていました。テレビも新聞も雑誌も、平常な状態ではなかったので、危ない話の方が耳目をひきつけられる。最悪の事態がくると強調する人が、どうすればいいかと聞かれたときに「知りませんよ」と答えたことを覚えています。僕はそこにかなり反応しました。みんなのために「危ないぞ」という役割はあります。でも、どうするかという話に「やったのは東電と国だから知らない」という態度ではついていけない、と思ったのです。この件はツイートもしていないし、誰にも話してもいません。ただ、自分で「俺はこの考えについていけないな」と思った。

 そこで例のツイート(「ぼくは、じぶんが参考にする意見としては、『よりスキャンダラスでないほう』を選びます。『より脅かしてないほう』を選びます。『より正義を語らないほう』を選びます。『より失礼でないほう』を選びます。そして『よりユーモアのあるほう』を選びます」)の話になります。あれを書いたのは4月でした。

 そのころは早野さんの仕事も見てましたし、「知りませんよ」も見ていた。どっちになっても自分がやることはあると思っていました。最悪の事態もあるだろう、と覚悟もしました。それでも「知りません」のほうにはいられないと思い、気持ちを整理したのがあの文章です。

 −−11年の夏にはちょうど「内部被ばくが怖い」という話が広がっていました。そのときに提唱した給食陰膳調査はタイムリーな仕事でした。

 早野さん これはツイッターをやっていたから始めたというのがあります。ツイッターでかなりの発信をしましたが、それ以上に実は読むことが大事でした。内部被ばく問題をどうにかした方がいいと真剣に思ったのは、ちゃんとリアルタイムでツイートを読んでいたからです。

 フォローはしていないけど、賛否は関係なく、いろんな意見を読む。福島のお母さんとか、学校の先生……。そこから次に何をすれば「自分の時間の使い方としてベストか」を考えました。ツイッターは非常に良い指針となりました。学んだことはものすごく多かったですね。

 糸井さん ツイッターもフォローというのは「あなたに賛成」というニュアンスが入りますよね。知りたいけど、賛成ではないという意見に目を通す必要はあります。

 僕はこの前、「フォローを50人しかしていないやつに言われたくない」と言われました。その方からすると、耳をふさいで生きていると見えるわけですね。「あいつがいろんな人の意見を満遍なく聞いて判断をしていると思ったら大間違いで、たった50人で自分にとって都合の良い意見を耳に入れている」と批判しているつもりなのです。

 でも、僕には「名称未設定フォルダ」というのがありまして……(笑い)。これは、ずっとあるんです。意見を拾うために時々、パトロールしてチェックしています。早野さんと問題意識は同じで、いろんな意見を知っておく。彼らは元から悪い人として生まれたわけでも敵でもないので、嫌な気持ちにはなるのですが、チェックはしていました。

 早野さん 嫌な気持ちになりますよね(笑い)。ネット上で僕のことをぼろくそに言うわけだから、やっぱり気がめいる。それも毎日、たくさん読み、たくさん学びました(笑い)。

 糸井さん これはきょう初めて話すことですね(笑い)。

早野さんを見つけた人たち

 −−内部被ばくについて給食陰膳調査は口から入るものをチェックし、さらにホールボディーカウンター(WBC)で体の中にどの程度あるのかという数値も集めていました。両方を同時に測定し、データを集めるのは当初から狙っていたのでしょうか。

 早野さん いや、僕はそれほどプロじゃなかったし。何を隠そう2011年11月までWBCの実物を見たことがなかったです。もちろん、勉強はして知識はありましたが……。

 給食(で陰膳調査)をやろうといったのはコストパフォーマンスがいいからです。給食1食を測れば、大勢の子供の内部被ばく量を知ることにつながる。保育園も多くは1日2食、これを週に6日出しているところもある。最初に南相馬市で市長を口説いて始めたときは、保育園と学校給食で始めました。最初はポケットマネーで、その後は皆さまからの寄付金を活用させていただきました。寄付していただいた方、ありがとうございました。

 WBCを真剣に取り組みはじめたのは、本にも名前を出した2人のお医者さんとの出会い−−南相馬市立総合病院の坪倉正治医師と福島県立医大病院の宮崎真医師−−に引きずり込まれました。

 坪倉先生が(私のところに)来たのは尿検査がきっかけでした。セシウムはおしっこで出ていきますから、検査では出ていく方を測るわけですね。南相馬でもある会社が尿検査をやって、「セシウムが出た」という結果を出し、ニュースなどで取り上げられたことがありました。それの取り扱いについて、かなり悩まれて相談に来ました。「なんで数値が出るのか」「どのような装置なのか」といったところから質問が始まり、夕方から夜の11時ごろまで、話しました。

 これは現場に行かないとわからない、ということで現場に行くことになりました。2カ月くらい調べていると、福島県内に当時あった全ての種類のWBCの結果を見ることができた。見比べて分かったことは、内部被ばくが思っていた以上に少ないことでした。同時に、とんでもない数値を出す装置は調べないといけない、ということもわかった。

 だから、戦略的にというわけでなくて、現場で困っている先生方がツイッター上で僕を見つけて、引きずり出した。それが3年間以上、深く関わることになる最初のきっかけでしたね。

 糸井さん 見つけること、見つけられること両方があったわけですね。早野さんからすれば重要な情報が間違いも含めてツイッターで見つけられる。同時に早野さんをツイッターから見つけるという人もいた。

 早野さん ずいぶんと多くの方に見つけられました。本当に感謝をしています。それがないと、本もできなかった。僕は読んでいましたが、発信することでできたことがたくさんある。

「心配する必要はない」と言いたかった

 −−早野さんの調査で内部被ばくは低いということがわかりましたが、いまなお怖いという人もいますね。福島の女子高校生が「私は将来、子供が産めるのか」と心配する言葉、これがその象徴だと思います。

 糸井さん この本のことで僕と早野さんが初めて会ったのが……

 早野さん 去年の9月くらい。田崎(晴明・学習院大教授、ツイッター:@Hal_Tasaki)先生の本(「やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識」)を手がけた編集者に相談したのがそのころです。大きな理由は内部被ばく問題が片付いたと思ったからです。福島の内部被ばくは心配する必要がない、と十分に確信を持って言えるレベルになった。論文も書きました。

 論文を書けば学者の仕事は終わりですが、もっと多くの方に伝えたいと思いました。福島県内にも心配している方がいる。福島県の中と外では情報格差もある。福島県内のことはまずいこと以外は報道されにくいですね。そこで、これまで調べて何がわかったか、まとめの本を出したいと思ったのです。

 田崎さんの本の編集者と一緒に糸井さんの事務所を訪ねました。そのときにはまだコンセプトが決まらず、いろんなことを話していましたね。いただいた質問の心配の問題は、現場でデータをみている我々は「心配する必要ない」と言いたかった。

 糸井さん いわば火事があった時に、消防士さんが「鎮火」というみたいな。でも、まだ火種が少し残っているとみんな思っている。

 早野さん そうそう。だから今までとは違うメディアで、ツイッター上で情報に触れてこなかった人にも届けたかった。

 糸井さん 初めてお会いしたときに「勝負あった」という言葉が出ました。すごく覚えています。「勝負あった」というのは論争ができない状態だと思うんですよ。これを伝えられないものかな、と。僕が近所の人と話すときは「早野先生は勝負あったという言い方をしていたよ」と言います。これでだいぶ心が落ち着くようです。論争をしなくてもいいくらい、問題が見えてきたことがわかるからです。

 ですが、これを丁寧に伝えようとすると袋小路に入っていく。「この例外は」「あの例外はどうする」「この状況はどうだ」……とやっていくと、いろんな話と説明をしないといけない。どこまでいっても終わらない。だから最初は「本を作るといっても難しい」という話をしました。

「真ん中に向けた本にしよう」

 早野さん そうでした。最初は袋小路をどう抜けるかとか、誰に向かって出すのかということをずいぶんと話し合いました。最初のころ、糸井さんが絵を描きましたよね。

 糸井さん 絵といっても簡単なものです。最初に2本の線を引きます。それぞれの線の外側にはばらばらと人がいる。そして、真ん中に大勢の人がいる。僕のイメージでは65%は真ん中にいると思っていました。

 早野さん 僕は80%くらいと思った(笑い)

 糸井さん 普段、仕事のときでも賛成の人がある数いる。反対もある数いる。ものが動いていくと、どっちが正しいとか言わなくても、自然と向きができてきます。真ん中にいる人たちが「私はこう思う」とすーっといく向きがある。真ん中の方に向けた本は無かったなと思った。そういう本なら最後まで説得する本にする必要はない、と思いました。

 福島で早野さんが講演すると、最後まで聞いたあとに先生のところにささっと寄ってきて「それでも私はね……」という人がいる。そういう方を個別に最後まで分からせるような本にするのは無理ですよね。対面でも難しい。

 それでも、質問した人が帰宅して家族が「おじいちゃん、そんなことまで聞いたの。それってもうとっくに答えがでているよ。あはは」って笑ってくれたら、最後まで説明を聞かなくても「えっそうなの」となる。

 つまり、講演の内容を普通に聞いたのと同じにするためには、周囲の人たちに「俺はもうその考え、やめたんだよ」って言ってくれる層が必要になるんじゃないか。そこに向けた本にしよう、と思ったんですね。

 早野さん 本の感想をツイッターとかで読むと「こういうことをもっと早く言ってほしかった」とあるのですが、やっぱり3年過ぎないとできなかったことがいっぱいある。データの蓄積もそうですし、糸井さんと最初に「ほぼ日」で対談(「早野龍五さんが照らしてくれた地図」)した時に「そろそろいいかな」という言葉がありました。こう思う時間が必要なんですよね。

 だから、2年前に出すのは難しかったと思うのです。やっぱり時期じゃなかった。去年の10月ごろだったかな。会場にも来ている小峰(公子、ミュージシャン、ツイッター:@kokoKOMINE)さんが、菊池(誠・大阪大教授、ツイッター:@kikumaco)さんと本を出すというので、菊池さんからかなり初期段階の原稿が送られてきました。それが「いちから聞きたい放射線のほんとう: いま知っておきたい22の話」ですね。

 この本は本当に丁寧に書いてあります。今年の3月を目標に出すという話も伝わってきました。我々も3月出版を目標にやっていたのですが、向こうは原稿が既にある。こちらにはない(笑い)。もう3月は無理だなというのが、ひしひしとわかってきた。でも先に、「いちから」本が出るのはありがたかった。この本が出たおかげで自分たちは放射線コーナーに置かれる本を作らない、という目標が明確に意識できた。

 糸井さん 3月が遅れてもいいというのと、放射線・震災コーナーに置かれないというのは割にイコールで、3月に出るから、そのコーナーに置かれてしまうということでもある。

 誰でも、タイミングを合わせたくなるし、確かに内容と日付で整合性をとると3月になる。でも僕は内容と日付をあわせることに意味はないと思った。それよりも市場と日付をあわせたかった。普段から市場動向ばかり探っていますから、これなら遅れてもいいなとは思いました。遅れていくプロセスで、もっと面白くなるんじゃないかって思って、今度は内容について欲が出せた。それが大きかったですね。

「2冊目の週刊誌」問題を考える

 早野さん この本の最後の方に福島高校の生徒をCERN(セルン、欧州合同原子核研究所)に連れて行く話があるのですが、それが今年3月の終わりなんです。だから、3月に本が出ていたら、表紙もないし、最後の話もない(笑い)。そういえば最初はこのコンビじゃなくて、平野レミさん(料理愛好家、シャンソン歌手)を交ぜようとかいろんな提案がありましたよね。

 糸井さん 僕以上にわからなさそうな人を……(笑い)。それはともかく、どんな人でも文脈の中に収まろうという気持ちが出るので、素人も危ないんですよ。

 例えば、お笑いの芸人さんがこの水を一消費者として「こんなまずい水、だれが飲むねん」とぼろくそに言ったとしますね。でも、コマーシャルとして雇われたら「こんなええもん、どこにあるねん」ってなりますよね。素人ってみんなそうなんですよ。

 大体が知り合ったり、関係づけられたりすると急に都合の良いことを言い出す。それを破れる人が本当のタレントで、それができる人といえば最近、朝の番組でブロッコリーを倒したことで話題になった、平野レミさん。レミさんが(糸井さんが口調をまねて)「危ないんじゃない」と言っていたのを覚えていたので、あれを早野さんにぶつけたらどうだろう、と。

 僕が言うと「どうせ広告屋がうまいこといいやがって」となるけど、レミさんを立てたら、疑いようがないじゃない。でも、逆に難しいかな(笑い)。

 早野さん 2人で対談していると、急に歌舞伎の話になったりとか話が変な方向に盛り上がるときがあって(笑い)。ICレコーダーを回しながら話したのは5回くらいかな。おのおの3時間ずつくらい。時間無制限で話して、結構楽しかったです。最初にICレコーダーを回したときに「週刊誌の2冊目」と「振り子の先に刃物をつけて(揺らした時に)科学的には到達しないとわかっていても向こう側に立てるか」って話をしたんです。これは糸井さん、さすがだなって思った。

 僕が原稿用紙に向かったら本を書いたら決してこうはならない。このコンビでできて良かったですよ。

 糸井さん いや、早野さんはそういうけど、早野さんが得意分野の計算をしたり考えたりしているのと、たぶん同じようなことを僕がしたんですよ。僕も自分の研究室で考えましたよ。つまり、わかっちゃいるけどやめられないって話です。それを最初にしないと人は読んでくれないって僕は思ったんです。振り子の話をした時に、早野さんが都合良く「立てない」って言ってくれたのが良かった。

 似たようなことでいうと、例えばO157が流行したときに大臣がカイワレ大根を食べましたね。今回で言えば、記者会見で(記者が政務官に)汚染水を飲めるかどうかと迫ったことがありましたね。ああいうのはたぶん、理屈では飲めるし食べられる。僕がその役をやれと言われたら「じゃあ飲みましょう」と言うと思う。ただ、そう思いながら食べたり、飲んだりしてもおいしくもないでしょう。それに誰にでも声をかけてやってという話にはなりませんよね。

 「2冊目の週刊誌」は僕自身もよくやるのですが、キオスクとかで雑誌を買う時に1冊目じゃなくて2冊目を取る。「それは汚いからか」とか「みんなが触って古本っぽいからか」と聞かれたら「うーん、俺にもわからないがそうかも」と思う。どこかが汚れているという感覚を持っているからかもしれない。その結果、「どうせだったら」ということでみんな1冊目を避けて2冊目を取ってしまう。

 この話は福島県産の農産物の話につながっていると思うのです。同じ値段でどっちもおいしい福島の桃と岡山の桃があるとしますよね。「どうせだったら違う方を」と福島産を避けよう、という人がいる。それがどうしてだろうと思った時に「2冊目の週刊誌」と似ていると思った。そこでどう思うか、この本で早野さんにまず聞いてみました。

「知ろうとすること。」在家のすすめ 糸井・早野対談詳報(2)に続く

関連記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 長時間労働 夫に「早く帰って」4割 収入減ったら…
  2. 人生相談 「学校に行け」が忘れられない=回答者・ヤマザキマリ
  3. 女子高校生 いじめで自殺か…直前にライン送信 北九州
  4. 特集ワイド 加計学園問題 首相は便宜を図った? 「法治」揺るがす「人治」
  5. 留学生長時間労働 「串かつだるま」に罰金刑 大阪簡裁

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

[PR]