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東京地裁「検索結果の一部削除決定」を考える

 米グーグルの検索サイトで男性の名前を検索した際、不適切な個人情報が表示されるのは人格権の侵害とする仮処分の申し立てに対し、東京地裁(関述之裁判官)は10月9日、検索結果の一部削除を命じる決定を出した。決定について「日本でも『忘れられる権利』が認められた」と受け止める見解があるが、男性が削除を求めた情報の内容や、裁判官がどのような利益衡量を行ったのか、十分に明らかにされているとは言えない。決定は、インターネット時代の「知る権利」や「表現の自由」と絡む、微妙で重要な問題を含んでおり、具体的な事案に即してその意義と射程を理解する必要があると、専門家は注意を促している。【尾村洋介/デジタル報道センター】

事案の概要

 男性が削除を求めたのは、グーグルの検索エンジンで自分の名前を検索すると、検索結果として表示されるタイトル(見出し)と、検索先の記事の一部を表示する「スニペット」に、自身がかつて不良グループに属していたことに関する情報が表示されたため。男性はすでに不良グループに所属していないが、融資を申し込んだ銀行から「風評被害対策をしなければ融資できない」と指摘され、グーグルに検索結果計237件の削除を求めた。地裁はこのうち、男性の名前が含まれるものなど122件について、男性の人格権を侵害していると認め、削除の仮処分を決定した。

 グーグルは、地裁判断を尊重して仮処分に従う意向を表明している。

 地裁が本決定を判断する根拠としたのは、最高裁のノンフィクション「逆転」事件判決が示した基準と見られている。決定はこの基準を根拠に、一般論として、「前科や逮捕・起訴歴をみだりに公表されないことは、プライバシー権の一つとして法的保護に値する利益だが、前科等に関わる事実は、社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にも関わるため、公表が許される場合もある」とし、その判断に当たっては(1)当事者のその後の生活状況(2)事件自体の歴史的または社会的な意義(3)当事者の重要性や社会的活動と影響力(4)著作物の目的、性格−−などを考慮すべきものとした(男性の場合は「逆転」事件と異なり、前科・前歴ではないが、同様の基準を用いている)。

 そのうえで具体的には、検索結果のタイトルとスニペットを通常の人が読んだ場合、男性が過去に不良グループに所属していたり、素行が悪かったりしたとの印象を与えるような場合に削除を認めた。その理由として、男性が不良グループに所属していた事実は公共性が高いとは言い難い一方、その事実はプライバシーとして保護されるべきで、男性は融資の拒否という実害を被っている−−ことなどを挙げている。

 一方で、男性の名前が含まれておらず、タイトルやスニペットを読んだだけでは、男性が不良グループに属していたことなどが分からないものについては「人格権侵害がない」として削除を認めていない。

決定の評価

 今回の決定は、削除理由で不良グループに「所属している」という情報が過去には事実であったものの、現在は異なっている点も考慮しており、その意味で「忘れられる権利」的な要素は含まれている。ただ、地裁が検索結果の削除を認めるか否かを判断したのは、従来の「前科・前歴等の公開と、それによる人格権の侵害」という枠組みにとどまっており、この点については目新しさはない。また、「時の経過」による公共性の減少など、忘れられる権利と関わる重要な論点について、踏み込んだとは言い難い。

 むしろ、今回の決定で重要なのは、検索先サイトにある元記事ではなく、検索結果として表示されるタイトルとスニペットそれ自体の表現が「人格権の侵害に当たる」として削除を認めた点だ。男性側の代理人・神田知宏弁護士によれば、これは従来、裁判所が認めてこなかったもので「風穴を開けた」との評価となる(神田弁護士へのインタビュー参照)。

 インターネットにおける検索エンジンの影響力が大きいからこそ、検索結果から消してほしいというニーズが生じている。「忘れられる権利」とは関係がないような個人情報の削除を求める場合も含め、この決定の実務上の影響は小さくないと見られる。

 このため、元記事を書いた人物ではなく、リンク先情報の真偽や公共性について十分な判断ができない検索エンジンの運営会社を相手に、検索結果の削除という「知る権利」「表現の自由」上の判断を、仮処分という簡便な手続きで行ってよいのかとの疑問も出ている(宍戸常寿・東大大学院教授へのインタビュー参照)。

ことば・ノンフィクション「逆転」事件

 作家・伊佐千尋氏のノンフィクション作品「逆転」で、実名を使用され前科を公表された男性がプライバシー侵害にあたるとして、著者に慰謝料を請求した訴訟。男性は1964年に沖縄県宜野湾市で発生した、米兵死傷事件の被告人として起訴され、傷害罪で実刑判決を受けた。服役後に上京して結婚、平穏な生活を送っていたが、1977年に「逆転」が刊行され、前科が明らかになった。

 第1審の東京地裁はプライバシー侵害があったとして男性側の請求を一部認めた。控訴審の東京高裁、最高裁も原審を支持した。

 最高裁は、前科等に関わる事実については、公表されない利益が法的保護に値する場合もあれば、公表が許されるべき場合もあるとし、前科に関わる事実の公表が不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況だけでなく、事件自体の歴史的、社会的な意義、その者の重要性、社会的活動、影響力について、著作物の目的、性格などに照らした実名使用の意義や必要性も併せて判断すべきものと判示した。

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