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政治の未熟が招いた真珠湾 五百旗頭真さんインタビュー

いおきべ・まこと 兵庫県西宮市生まれ。70歳。京都大法学部卒。神戸大教授、防衛大学校長などを経て、熊本県立大学理事長、公益財団法人「ひょうご震災記念21世紀研究機構」理事長。サントリー学芸賞などを受賞。文化功労者。

 真珠湾攻撃という選択肢しか、日本にはなかったのか。元防衛大学校長で、歴史家の五百旗頭真さんに聞いた。【高橋昌紀/デジタル報道センター】

 日本が真珠湾攻撃に踏み切った1941年12月8日、それは欧州の東部戦線でドイツ軍によるモスクワ攻略の失敗が明らかになった直後でした。近代戦の要は首都攻略です。これにより、ソ連が早期降伏する見込みはなくなり、ドイツは対イギリスの西部戦線も抱え、第一次世界大戦と同様に「二正面作戦」に陥った。日本はドイツ、イタリアと三国軍事同盟(1940年9月)を締結することで、米国やイギリスをけん制しようとしましたが、頼みの綱のドイツが致命的な敗北を被ったわけです。

 歴史に「もしも」はありません。しかし、ドイツ敗退との戦況が対米開戦の決定前に伝われば、日本政府にどのような影響を与えたでしょうか。その場合、日本は「スペイン・オプション」を歩むことになったと思います。スペインのフランコ政権は内戦でドイツとイタリアの支援を受けたにもかかわらず、枢軸国側での参戦を見送りました。スペインは戦禍、敗戦を免れ、フランコの死(1975年)を経て民主化へと向かいます。もし日本が「真珠湾」を決断しなければ、この「スペイン・オプション」を選ぶことになったと思います。参戦していない強国日本を両陣営が味方にしたいと考え、日本は有利な立場を得たことでしょう。

 戦争を回避するチャンスはぎりぎりまでありました。1941年11月26日のハル・ノート(米国の対日文書。日本軍の中国からの撤兵などを要求した)について、日本政府は米国政府は最後通牒(つうちょう)を突きつけてきたと判断しました。その時、親英米派の吉田茂(当時は外務省待命大使)が人を介し、東郷茂徳外相に意見具申をしました。「あなたは薩摩の末裔(まつえい)だろう。大久保利通らが築いた国を滅ぼす気か」「ハル・ノートは言い値だ。これをたたき台にすればむしろ、交渉を継続できる」。そして、外相辞任も考慮すべきだと極言します。政変となれば東条内閣は厳冬になる前に対米開戦する機会を失います。しかもドイツの敗退を知ることになります。

 しかし、東郷はとどまりました。広田弘毅(元首相、外相)の「後任には軍国主義者が選ばれるかもしれない。(開戦後の)講和交渉のためにも、辞任すべきではない」との助言を重視したからです。東郷は外相就任(1941年10月)以来、軍部を相手に非常に頑張っていたと思います。自身の努力で日米暫定協定の成立を期待していただけに、ハル・ノートにはがっくりときてしまった。

 日米交渉を振り返れば南部仏印進駐(1941年7月)を決定したことによって、破局を招いたと思います。決定を聞いた幣原喜重郎(当時は元外相、戦後に首相)が衝撃を受け、首相の近衛文麿に「天皇陛下にお願いして、取り消しせよとの命令を出してもらえ」と忠告しました。それは近衛にとって「今さらできない」ことだった。幣原の危惧したとおり、米国は石油の対日全面禁輸で応じます。近衛は聡明(そうめい)な才子でしたが、政治的に本能化して判断力を欠いていた。軍の先を行くこと(「先取論」)で、主導権をとり、威信を高めようとしました。しかし、それは結局のところお先棒を担いだだけの結果に終わりました。

 米国、イギリス、中国、オランダの「ABCD包囲陣」によって、日本は追い詰められたとの日本被害者論があります。見当違いも甚だしい。日本が経済制裁を受けるようになったのは、中国への軍事的侵略を繰り返していたからです。「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」などと暴言して。ルーズベルト(米大統領)が日本を戦争に引きずり込んだとの陰謀論もあります。仮にそうだとしたら、日本はまんまと引っかかったことになる。自らの未熟さ、間抜けさを認めたようなものです。国家指導者の資格はありません。国際政治とは「力の体系」であり、「利益の体系」であり、「価値の体系」です。甘いものではない。自身の行動が招いた結果責任を引き受ける「覚悟」が政治指導者には必要です。

 真珠湾攻撃を立案した山本五十六は若き駐米武官時代にダラスやテキサスの工業・油田地帯を視察し、米国の国力を承知していた。海軍次官として日独伊三国軍事同盟に反対しながら、連合艦隊司令長官になると国の決定の下で、軍人として最善を尽くそうとした。しかし、真珠湾で米国の士気をくじくことはできませんでした。山本が期待したように緒戦で1勝したからと言って、米国は早期講和などに応じるはずもなかった。かえって、リメンバー・パールハーバーと燃え上がった。

 唯我独尊の軍人を作り出してしまった旧軍の反省に立って、自衛隊幹部が「広い視野・科学的思考・豊かな人間性」を培うよう防大教育を展開し、また「シビリアンコントロール」(文民統制)を徹底してきました。防衛大学校資料館内に設置した槙智雄初代学校長の記念室には「服従の誇り」という言葉が掲げられています。それは国民と政府に対する服従を意味しています。戦争を始めるのも、戦争を終わらせるのも、政治です。

 それを前提としたうえで、今、自衛隊は21世紀の多重化した安全保障に立ち向かおうとしています。日本の領土をうかがう外国も脅威ですが、大災害も国民の生存にとって脅威です。さまざまなレベルの脅威から国と国民を守るには軍と民の入り交じった努力が必要となっています。最終的に自衛隊がしっかりと働けるよう、研究と訓練を積まねばなりません。

日独伊三国同盟・祝賀会での松岡外相
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