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はやぶさ2

兄はやぶさの奇跡 60億キロの旅を振り返る

イトカワに近づく小惑星探査機「はやぶさ」=イラスト池下章裕さん、JAXA提供

 生命の起源の解明を目指す小惑星への旅に、はやぶさ2が出発しました。はやぶさ2の先輩にあたる初号機はやぶさが地球へ帰還したのは4年半前。はやぶさの波瀾(はらん)万丈の旅から、はやぶさ2は多くのことを学んだとされています。はやぶさの旅を振り返り、はやぶさ2の今後の大航海に思いをはせてみましょう。

はやぶさを搭載して打ち上げられたM5ロケット5号機=鹿児島県内之浦町で2003年5月9日午後1時29分、西本勝撮影

1985年、小さな研究会から生まれた壮大プラン

 はやぶさ2の「先輩」探査機、はやぶさは2003年5月、鹿児島県肝付町の内之浦宇宙空間観測所のロケット発射場から、M5ロケットに搭載して打ち上げられました。

 はやぶさの構想が生まれたのは1985年。当時、文部省宇宙科学研究所の小さな研究会の場でした。そこで「小惑星に無人の探査機を送り込み、小惑星の物質を採取して、地球へ持ち帰る」という野心的なプランが提案されたのです。しかし、その頃の日本は、地球周回軌道から天文観測をする科学衛星をようやく打ち上げられるようになった時期で、惑星の探査、それも往復するという計画は「絶対に無理」と受け止められました。米航空宇宙局(NASA)からも「できっこない」との反応を受けたということです。

 そのような逆境にも負けず、プロジェクトチームは小惑星往復に必要な技術を粘り強く開発し、はやぶさは96年に正式なプロジェクトとなったのです。

打ち上げ直後からトラブル続き

 はやぶさの旅は、最初からトラブル続きでした。打ち上げ直後、四つあるイオンエンジンの一つが不調であることが判明。さらに、03年10月に大規模な太陽フレアが起き、はやぶさの太陽電池パネルの発電量が大幅に下がってしまいました。その後は、残り三つのイオンエンジンは順調に働き、地球上では1円玉2枚半を持ち上げる程度の小さな力ながら、継続して噴射し続けることによって徐々に目指す小惑星「イトカワ」へ近付いていきました。地球の重力を利用して加速、軌道を変える「地球スイングバイ」にも成功し、電気推進のイオンエンジンで小惑星を目指す最初の探査機となりました。

「MUSES−C」から命名「はやぶさ」

 この小惑星の名前は、打ち上げ当初は「1998SF36」と、はやぶさ2が目指す小惑星と同じように仮称しかありませんでした。打ち上げ後に、日本のロケット開発の父と言われる糸川英夫博士にちなんで、プロジェクトメンバーが「イトカワ」と名付けたのです。ちなみに、「はやぶさ」という名も打ち上げ後に付けられました。開発時の探査機の名称は「MUSES−C」でした。川口淳一郎・プロジェクトマネジャーたちが、小惑星での物質採取の手順が「筒状の採取装置が小惑星表面に触れ、弾丸発射などで舞い上がった物質を採取したら、すぐに宇宙へ飛び上がる。鳥のハヤブサのようだ」と考え、選んだ名前だそうです。

降下中のはやぶさが撮影したイトカワの画像。中央にはやぶさの機体の影がきれいに映っている=2005年11月20日撮影、JAXAのホームページから

ラッコのような小惑星に世界がびっくり

 2005年9月、はやぶさはイトカワの姿をとらえる位置まで到達しました。しかし、今度は3台ある姿勢制御装置の1台が壊れてしまいました。小惑星の表面に着陸する際、機体のバランスをとるために欠かせない装置でした。チームは、化学エンジンを弱く噴射することによって姿勢を保つ技を編み出しました。その後、はやぶさが観測したイトカワの画像は、プロジェクトチームだけではなく世界中の研究者を驚かせました。イトカワはまるで落花生やラッコのような不思議な形。そして、砂地のような滑らかなところ、大きな岩がゴロゴロ転がるところなど、非常に複雑な表面の姿をしていたからです。そんな中、2台目の姿勢制御装置も故障して使えなくなり、残った姿勢制御装置は1台だけになりました。

イトカワに着陸したはやぶさ=JAXA提供

着陸に挑戦 イトカワ表面で2回バウンド

 そして11月。クライマックスの小惑星着陸への挑戦です。イトカワは地球から3億キロ離れた彼方にあったため、はやぶさとの通信は片道20分、往復40分かかります。このため、はやぶさは自ら得たデータをもとに、自律的に着陸作業を進める「ロボット」のような機能を発揮しなければなりません。11月20日の1回目の着陸では当初、はやぶさから着地したというデータを確認ができませんでした。後から調べると、はやぶさはイトカワ表面で2回バウンドした後、約30分着陸し続けていたことが分かりました。小惑星表面は太陽光を直接受けるため、非常に高温となっていますから、機体への影響が心配されました。

 2回目の着陸は同26日。今度は手順通りに順調に降下を続け、最後に着陸に成功したことを示す信号が相模原市の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部(当時)の管制室に届き、管制室だけではなく記者が集まる控室にも喜びの声が広がりました。

燃料すべて漏れ交信絶え「行方不明」

 しかし、この後、悲劇が待っていたのです。はやぶさは着陸の際、小惑星表面に弾丸を打ち込んで表面物質を採取したはずでしたが、12月6日にはやぶさから管制室に届いたデータによると弾丸が発射されていませんでした。さらに、化学エンジンから燃料が全て漏れて、はやぶさの姿勢がおかしくなって太陽光を太陽電池パネルで受けられず、地球との交信もできなくなってしまったのです。プロジェクトチームは当初の2007年帰還という計画を3年延期することを決めました。

オーストラリア南部グレンダンボ近郊でとらえられた「はやぶさ」の最後の軌跡。写真左下から右上に向かって、はやぶさ本体が分解しながら火の玉となって輝き、やがて消えた=2010年6月13日午後11時22分(日本時間同10時52分)ごろ、和歌山大宇宙教育研究所提供

捜し続け交信復活 満身創痍で地球へ出発

 地球との交信が途絶えたはやぶさは、プロジェクトチームにとっては「行方不明」の状態。「もう死んでしまったかもしれない」とあきらめの声も出ました。しかし、06年1月下旬、探し求めていたはやぶさとの交信が回復し、はやぶさの「リハビリ」が始まりました。漏れた燃料を乾かしたり、電池の状態を確かめたりしたほか、化学エンジンが使えなくなってしまいましたから、太陽光やイオンエンジンの燃料噴出を利用する新たな姿勢制御の方法を検討、開発したのです。

 07年4月、ようやくはやぶさは地球へ向かって出発しました。満身創痍(そうい)のはやぶさは打ち上げからすでに4年たち、多くのトラブルに遭遇していたため、残された機器がいつまで機能し続けられるのか、という綱渡りの帰路となりました。その不安が、地球を目前にした09年11月に的中します。イオンエンジンが全て止まってしまったのです。

イオンエンジン止まった! 秘蔵の回路で再起動

 ここでもチームは粘ります。イオンエンジンは何種類かの部品の組み合わせで噴射しています。そこで、故障していないと思われる部品を別の回路で結び直したところ、再起動に成功したのです。この別回路は、打ち上げ前にイオンエンジン開発チームがこっそり仕組んでいたもの。そんな隠れた工夫がはやぶさの命を救ったのです。

はやぶさが最後に撮影した地球の写真=JAXA提供

7年の旅終え持ち帰ったイトカワの微粒子

 10年6月13日、はやぶさは地球の近くでイトカワの物質が入っている可能性のあるカプセルを切り離し、探査機本体もカプセルと一緒に地球の大気圏に再突入しました。そのまばゆい輝きは、オーストラリア南部のウーメラ砂漠で広く観測されました。打ち上げから7年間約60億キロを旅してきたカプセルも、無事に回収されました。カプセルが着地した地点は、ほぼプロジェクトチームの計画通りの場所でした。

 カプセルはその後、相模原市の宇宙科学研究本部の専用施設で開封され、同年11月、中から目には見えないもののイトカワ由来の微粒子が見つかったと発表されました。世界で初めて小惑星から物質を持ち帰ることに成功したことが確認された瞬間でした。

はやぶさが切り離したカプセルがオーストラリアの砂漠に到着に到着する=イラスト、JAXA提供
はやぶさの本体とカプセルの分離が成功し、安堵した表情を見せるプロジェクトマネージャーの川口淳一郎教授と運用チームのスタッフら=相模原市の宇宙航空研究開発機構で2010年6月13日午後7時53分(代表撮影)

世界初の快挙 「500点満点」の成果

 はやぶさの旅は非常に野心的な内容でしたから、プロジェクトは、実際に小惑星の往復ができるのかどうかを確かめる「工学実証機」という位置づけでした。プロジェクトチームは出発前、「イオンエンジン(3台以上)の稼働」「イオンエンジンの1000時間以上稼働」「地球スイングバイ」「イトカワとランデブー(併走)」「イトカワの科学的観測」「イトカワに着陸して物質採取」「カプセルの地球帰還」「イトカワの物質入手」という目標を掲げ、すべて達成した場合は100点満点の「500点」としました。地球帰還に成功し、イトカワの物質も確認できたはやぶさは、500点を獲得できたといえます。

カプセルを回収するJAXAの研究者ら。火薬がついている可能性があるため防護服を着て作業している=JAXA提供

はやぶさ2の計画は兄より難易度アップ

 はやぶさ2の旅では、現段階で点数表は公表されていません。はやぶさ2は初号機とは違って「実用機」です。確実に小惑星に到着し、計画した科学的な観測を実施してデータを入手し、表面の物質を採取して、地球へ帰還することが求められています。初号機のように、「できるかどうか分からないがチャレンジしてみる」というわけにはいかないのです。

 このため、はやぶさ2の点数は初号機よりも厳しい評価になるかもしれません。しかし、今回目指す小惑星は、人類がだれも行ったことがない天体です。プロジェクトチームによると、「日本からブラジルにいるテントウムシにボールを当てる」ほど難しい航行になるそうです。衝突装置を使ったクレーター作りも、危険を伴う非常に難しい実験です。はやぶさ2を応援する一人一人が、点数を付けてみてはどうでしょうか。【永山悦子】

一般公開されたはやぶさのカプセルなど、展示品に見入る人たち=相模原市中央区の市立博物館で2010年7月30日、手塚耕一郎撮影
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