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国産ロケット60年

「H2A」トップ級の成功率 世界に誇る日本の技術

打ち上げられる小惑星探査機「はやぶさ2」を載せた主力ロケットH2A26号機=JAXA提供

 国産初のロケット「ペンシルロケット」の発射実験が成功してから今年で60年。現在の主力ロケット「H2A」の成功率が世界最高水準を誇るなど、日本は宇宙開発をリードする国の一つに数えられる。そして今年は、日本人宇宙飛行士が初めて宇宙に飛び立って25年の節目でもある。6月ごろからは、油井亀美也さんが国際チームの一員として国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する。【大場あい、下桐実雅子】

 日本の宇宙開発の歴史は超小型の固体燃料ロケット「ペンシル」で始まった。開発したのは東京大生産技術研究所の故糸川英夫教授のチーム。全長はわずか23センチ、直径1.8センチのアルミ合金の機体で、1955年3〜4月、東京都国分寺市で発射実験に成功した。

 この時は現在の宇宙ロケットのように上空に向かってではなく、地下壕(ごう)で水平に飛ばす実験だった。その後、斜め上方に発射する実験にも成功。貴重なデータを残し、日本初の人工衛星「おおすみ」を打ち上げた「L4S」、小惑星探査機「はやぶさ」を搭載した「M5」など、歴代の固体燃料ロケットの土台となった。

 一方、構造が複雑ながら、推力の調節ができて正確に制御できる液体燃料ロケットの開発も60年代から進み、実用衛星打ち上げ用の初の大型ロケット「N1」が75年に打ち上げられた。N1からその後開発された「H1」までは米航空宇宙局(NASA)の技術を導入していたが、94年に運用を開始した「H2」からは国産となった。

 H2は日本が独自に開発した液体酸素と液体水素を使う高性能のエンジンを使っている。H2の改良型が現在の主力「H2A」だ。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2014年度、三菱重工業に委託し、H2Aに続く新型基幹ロケットの開発に着手した。エンジン性能を向上させ、さらに補助ロケットの本数を変えることで、さまざまな重さの衛星打ち上げに対応する。打ち上げコストも100億円程度とされる現在のH2Aの半額程度を目指す。20年に試験機を打ち上げる予定だ。

長期滞在のバックアップクルーとして試験に参加する油井亀美也宇宙飛行士=2014年10月30日

「もっと遠くへ」人間の本能 油井亀美也・宇宙飛行士

 宇宙飛行士の候補者に選ばれてから約6年間、訓練を続けてきて、いよいよ迫ってきたな、という感じです。これから6カ月間細部をしっかり調整したい。

 ISSでは、科学実験などをしますが、私は実験が大好きなのでとても楽しみです。また、日本の実験棟「きぼう」から小型衛星を放出する取り組みは注目されており、そういうところでも成果を上げたい。それから、写真も趣味なので、宇宙から皆さんに感動してもらえるような写真を撮って、ツイッター(短文投稿サイト)で届けたいです。

 私自身もですが、人間には「もっと遠くに行きたい」という本能が備わっていると考えています。人類が活動の領域を広げることで人々の希望となり明るい未来を描ければ、子どもたちも勉学に励めるし、経済も良い方向に進むと思います。

 お金や人材も必要なので、国際協力の枠組みで進むのかなと思っています。日本人が今から有人宇宙分野で結果を残していけば、将来もリーダーシップを発揮できると思う。技術面でも、日本の無人補給機「こうのとり」の国際的な評価は高い。ISSのロボットアームで捕まえてISSに結合させる方式を初めて確立しました。

 今後、宇宙がもっと身近になり、誰でも行ける世の中になれば、多様な人材が必要になるはずです。若い人は他の人に負けない能力を磨いてほしいし、それが宇宙でも生かせる時代がくると思う。

 宇宙飛行士候補者に選ばれたときの記者会見で、「中年の星になりたい」と話しましたが、40代でも頑張れば自分の能力を向上させる余地があると分かりました。また、各国の人たちと協力して仕事をする現場は、環境が厳しいので苦労も多いですが、国際平和に貢献できると学べたことは大きな収穫です。

 ■ゆい・きみや 1970年長野県川上村生まれ。防衛大学校理工学専攻。92年に防衛庁(現防衛省)航空自衛隊に入隊。2009年にJAXAから宇宙飛行士の候補者に選抜される。基礎訓練を経て11年に宇宙飛行士認定。12年、第44次・第45次長期滞在メンバーに決まった。

インタビューに答える野口聡一JAXA宇宙飛行士グループ長=東京都千代田区で2014年11月21日、武市公孝撮影

ソフト面でも主導権 野口聡一・JAXA宇宙飛行士グループ長

 初めて日本人宇宙飛行士が選抜された1985年はまだ東西冷戦の時代で、日本は米国陣営の一国としてスペースシャトル計画に参加しました。冷戦が終わり、90〜2000年代は、日本独自の技術を生かした宇宙開発も進みました。その成果の一つが、09年に完成したISSの日本実験棟「きぼう」です。

 ハード面だけでなく、ソフト面でも日本は他国を指導する立場になっています。14年は若田光一さんがISS船長に就任。私も宇宙飛行士の宇宙飛行経験者で作る「宇宙探検家協会」会長になり、日本が主導権を握るようになった象徴的な年だったと思います。

 今年6月ごろISSに向かう油井亀美也さんは技量も十分で、全く心配していません。平常心で、ときにはリラックスして半年間過ごし、将来の宇宙探査の第一歩としてほしいです。油井さんら新人3人は新時代の宇宙飛行士。1回目の行き先はISSですが、その次は月や小惑星など宇宙のもっと遠いところかもしれませんね。

 ■のぐち・そういち 1965年横浜市生まれ。東京大大学院工学系研究科修了。96年宇宙飛行士候補に選抜。2005年7月、スペースシャトル「ディスカバリー」で初めて宇宙に行った。ISSには09年12月〜10年6月に長期滞在。宇宙滞在日数は通算177日で、日本人最長の若田光一さんに次ぐ。12年8月から現職。

公開されたひまわり8号。世界最高の観測機能という=鹿児島県南種子町の種子島宇宙センターで2014年9月3日、津島史人撮影

気象衛星 予測精度に期待

 人工衛星が果たす役割は時代とともに大きくなっている。

 東日本大震災では、津波被害の状況を把握することに陸域観測技術衛星「だいち」が貢献した。地上の物体を見分ける能力をさらに向上させた後継機「だいち2号」が昨年5月に打ち上げられた。

 気象衛星では、「ひまわり1号」が1978年に運用開始。7号まで性能を向上させてきた。昨年10月に打ち上げられた次世代気象衛星「ひまわり8号」。

 8号は、日本の技術を結集した世界最高水準の観測性能を持つ衛星だ。現在の気象衛星の画像は白黒だが、8号は世界で初めてカラー画像を撮影できる機能を持つ。また、観測できる頻度は7号の30分間隔から10分間隔へと高くなる。日本付近や台風の周辺などと範囲を絞れば、2分半という高頻度で撮影することも可能だ。刻々と変化する気象現象をほぼ時差なく把握することができ、予測精度の大幅アップが期待されている。

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