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「孤独のグルメ」 みんなおなかがすく そこを面白おかしく

久住昌之さん=喜屋武真之介撮影

久住昌之さんインタビュー

 食をめぐる環境は質・量ともに豊かになった。その一方で「共に食べる」という文化は、社会的な変化につれて変わりつつある。主人公の中年男性が街を歩き、独りで食事をする光景を描いたロングセラー漫画「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さん(56)は「食は誰にも身近なもの。食べることや、おいしそうに食べる様子を見て楽しい気持ちになる感性は、いつの時代も誰でも共通だ」と語る。【聞き手・元村有希子@chibigenome

−−「食」にまつわる、小さい頃の思い出を教えてください。

 中学生とか高校生まで、外食なんかあまりしなかったですよね。たまに親戚の人が来た時におすしを取るぐらい。母は専業主婦で、食事も母が作ってました。お新香はいつも漬けていました。そこにナスが入るようになると夏が近い、冬になると大根や白菜、というふうに、ぬか漬けで季節を感じていました。

 おやつの思い出は、正月に余った餅を家で揚げて作ったあられとか。遊んでると、母や近所のおばさんがちりがみとか新聞紙に包んでくれたのを覚えてますね。それを庭で食べたり。近所の店にお使いにいったついでに、5円とか10円、お駄賃もらって、笛ガムとか、オレンジの丸いガムが箱に四つ入ったのを買ったり。当たり外れのついたやつ。

 小学校は給食で、1年生の時だけは脱脂粉乳でした。まずくていやでしたね。ちょうど僕の世代は、在学中にトイレが水洗になったり、だるまストーブがなくなったり、校舎が木造から鉄筋に建て替わったり、そういう世代です。

 給食ではアジフライが苦手でね。魚臭くて冷えてて、まずかった。パンは残していいけどおかずは全部食べる、という決まりだったので、泣く泣く食べた思い出があります。好きなのはカレーシチューと、「クジラのノルウェー煮」。サイコロみたいに切ってある鯨肉がトマト味で煮込んである。今食ったらおいしいかどうかわかんないけどね。しかしノルウェー煮なんて聞いたことないですね、あれ以来(笑い)。

 中学から高校卒業まで6年間は弁当でした。弁当を持って来ない日は学校でパンを注文する仕組み。僕は弁当が好きでしたね。母親が寝坊した日の弁当はすごい手抜きで、前の晩のさつまいもの天ぷら2枚とご飯、それだけ。それでも「これ、どうやって食べようかな」と考えるのが好きだったんですね。しょうゆを、天ぷらの1個にいっぱいかけて、すぐには食べない。裏返してご飯に押し付けて、しょうゆ味がしみるまで待つとかね。誰かが自分のために作ってくれた弁当が好き。ふたを開けて「そうきたか!」っていう。だから自分で買う弁当は温かくても好きじゃない。出て来ちゃったものをおいしく食べる工夫をするのが好きで、これは漫画を描く時も同じですね。

松重豊さんは本当に食べてます

−−「孤独のグルメ」の主人公、井之頭五郎は「頼みすぎちゃったな」とよく言ってますね。ドラマでの食事シーン、五郎役の松重豊さんは本当に食べていらっしゃるのですか。

 僕は少食だから、いっぱい食べられるのはあこがれなんですよ。でもドラマは頼みすぎ(笑い)。でも松重さん、体大きいしね。ええ、本当に食べてます。前の日の夕方から食事を抜いてる。翌日午後3時ぐらいに撮影する時には、限界まで腹減ってて、何でもおいしいと。ちなみに食事シーンは一発撮りで撮り直しなしです。共演した人が「ほんとに食べるんだ」って驚いてる。

 松重さん、食べっぷりもいいけど、食べ方がきれいでしょ。ご飯を吸い食いしても、全然下品に見えない。松重さんが主役の候補に挙がった理由は「ロケ弁をうまそうに食べる」だったという(笑い)。

 本当は候補の俳優さんが2人いて、もう1人の方が原作の五郎に似てたんだけどね。松重さんが出ると、漫画のファンが「全然違う」と文句を言うかも、というので、第1回の最後に僕が出て来て「松重さんいいじゃないですか」と言う、そのために原作者として出演したんです。それが続いちゃって……。

 放送開始の時、スタッフはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で反響を検索しながら見たそうです。最初は予想通り「全然漫画と違う」なんていう感想が流れたけど、五郎が食べ始めた途端「うまそう」「うまそう」「うまそう」(笑い)。視聴者は単純だなあと笑いつつ、胸をなでおろしたようです。

 ドラマ1回の放送で、ツイートとかSNSでのリアルタイムの反響が4000ぐらいあるんだそうです。で、セリフがトレンドワードに入ったりする。一度「この食べ方、ありだ、オオアリクイだ」ってセリフを五郎が言ったらトレンドワードに「オオアリクイ」。ドラマを見てない人は全然わかんないよね。  シナリオの五郎のセリフだけは僕が直してます。悪いけど、真っ赤になるほど。「横浜と一口に言っても場所によって違っていて……」とあるのを「横浜。いろんな顔がある」とかね。「肉が軟らかい」とか「ジューシー」とかも全消し(笑い)。

−−そもそも、「孤独のグルメ」のアイデアはどうやって?

 僕がデビューしたときに描いたのが、夜汽車で男が独り弁当を食べるという漫画(『夜行』)でした。それを読んでくれていた「月刊PANJA」(扶桑社)の編集者が「絵柄を変えて大人向きの漫画が描けないか」と。1980年代のバブルのころ、グルメブームがあったでしょう。山本益博さんとか、ミシュランとか。そのブームにのって大騒ぎするのにウンザリした気持ちが編集者にあったんでしょう。

 僕の漫画も食べ物のことは描くけど「どこの何がいい」「どこの素材と調理法が優れている」なんてことには最初っから興味が無いんです。孤独にグルメを楽しんでいる漫画を、と打ち合わせているうちにタイトルも決まった。輸入雑貨商というのは、編集者の知り合いに実際にいたんですよ。女性ですが。いろんな場所に行くし勤務時間もバラバラで、いいかなと。

 谷口ジローさんに描いてもらうというのは編集者の希望でした。谷口さんは、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受けることになる「『坊っちゃん』の時代」ですでに偉い先生だったから、こんな漫画を描いてもらうにはかなり編集者のゴリ押しがありました。94年から96年まで連載して、PANJA休刊に合わせて単行本にしました。

最初の単行本発行は3刷で絶版に

−−97年発行の単行本は爆発的なブームにならなかった?

 3刷で絶版です。2000年に文庫本になってから売れ出して、それ以降は毎年、判で押したように年2回増刷。08年にそれが認められて、新装版を出してもらいました。僕ら老眼でもう文庫の文字読めなくなってたし(笑い)。

 最初に読んでくれていたのは40代の男性。ボクの名前も谷口さんも知らないような人。「孤独の……」が響く年ごろだったか(笑い)。文庫化された頃からインターネットが普及して、ブログで「孤独のグルメに出て来た店巡り」とか、同じものを頼んで同じセリフを言う「五郎ちゃんごっこ」をやる人が増えてきて。

 そもそも、連載してる90年代、女の人が1人で牛丼屋とかラーメン屋に行く事はまずなかったですよ。時代的に。それがだんだん、そういう人が増えてきて。時代が変わっていって、違う人が読んでくれるようになって、ということは確かですね。

−−五郎はハードボイルドな主人公ですが、下戸にしたのは?

 漫画を面白くするのは、主人公にすごい特技があって、でも弱点があるというところ。五郎は何でもたくさん食べてけんかも強いけど酒が飲めない、というのが作り手として面白い。ハードボイルド、独身という設定の方が孤独感が出るでしょう。人なつこいと、みんなでご飯食べちゃったりするから。「美味しんぼ」とか「クッキングパパ」になる。それに、五郎が酒飲みだったら「まずこれ食べて」とか「飲んでから食べよう」とか「酒はこれに変えて」とかめんどくさいでしょ、(連載の)8ページじゃ収まらないんですよ(笑い)。

 「どうやってこんな店を探すんですか」とか「どうやっておいしいものを見つけるのですか」とか聞かれるけれど、僕は店や味にこだわっているのではなくて、面白い漫画が描きたいだけなんですよね。たまたま食べることがテーマになっているだけ。

−−確かに五郎は孤独なんですが、見ていてわびしさとか寂しさを感じません。

 台湾では漫画のタイトルが「孤独的美食家」。直訳だけどちょっと違う。面白いのは、同じ台湾でドラマが字幕スーパーで放送されることになったら、タイトルが漫画と違っていたことです。「美食不孤単」、つまり「おいしいものがあれば孤独ではない」と。こっちのほうが内容に合っている。これには僕の方が「なるほど!」と思いました。

 ちなみに単行本の帯に編集者がつけたサブコピーは「グルメの後に来るもの」。でも、現代ではこれを「B級グルメの後に来るもの」と変えてもいいような気がします。僕は五郎が食べているものをA級グルメだと思ったこともB級グルメだと思ったこともありません。

個人の店というのは、一つの国みたいでいい

−−五郎に行かせたくない店ってありますか。

 「食券を買わせる店はイヤ」とか「自動ドアのそば屋はまずい」とか、そういう偏見みたいなこだわりは持ちたくないですけど、チェーン店は好きじゃないです。個人の店というのは、一つの国みたいでいいよね。王様がいて、その国の法律があって、特産物があって、「常連」という国民がいる(笑い)。そこに僕は外国人としてお邪魔させてもらってというね。ドキドキしながら入って、出されたものを食べてだんだんわかってくる、みたいなお店が好きですね。だから僕は絶対、口コミサイトとか見ないです。あれ見て行くと、答え合わせみたいになっちゃうから。「あ、あれに出てた通りだ。なるほどね」とか「出てた写真よりまずそうだな」とか。なんかエラそうな旅人として外国に行きたくない(笑い)。

 ドラマはスタッフが足で探したお店です。プロデューサーは漫画を何十回と読んで10年がかりで通した企画だから、五郎的なお店をわかっていて、そのセンスがスタッフにも浸透してる。感謝しています。

 しかしどうして人は知らない店に入るのにドキドキするんだろう。知らない店に行くのってドキドキするでしょう。店の前を行ったり来たりして、そこも滑稽(こっけい)なんですけどね。

 松重さんと最初に会った時、彼が「僕は、顔は知られてるけど名前を知られていない役者です。地方ロケも主役じゃないので出番待ちが長い。おいしい店を探してぐるぐる回った揚げ句、勇気を出して入ると店主から『やっと入ってくれましたね』と言われるんですよ」と。それを聞いて笑いながら「ああこの人なら五郎を演じられる」と思いました。

「生野菜定食焼き肉つき」の残念な店

−−久住さん自身、入って後悔した店というのは。

 仕事場を借りてすぐ、ものすごく人の良さそうな老夫婦がやってる定食屋を見つけたんです。「天ぷら 味自慢」なんていうのれんがかかっていてね。天ぷら定食を頼んだら、天ぷらが冷えてるの(笑い)。みそ汁のワカメは溶けてるし、お新香は味がしないし、飯はべちゃべちゃ。食ってるうちに「天ぷらぐらい揚げろよ」とだんだん腹が立ってきて。「ひどいなこれ、1食損した」と思いながらメニュー眺めてたら「生野菜定食焼き肉つき」ってのがあって、見た瞬間に急におかしくなって。翌日、漫画家として食べに行きました(笑い)。そしたらね、お皿にキュウリとトマトとレタスがあって、マヨネーズを大量にかけた横に小さい焼き肉が3枚。「生野菜定食焼き肉つき」、その通りなんだよ(笑い)。だけどこれでどうやって飯食えっていうんだ。もう、焼き肉をすごい大事に食べて。最近そのこと歌にもしましたよ(笑い)。そんな店に入っちゃった自分も、後になってみるとおかしい。うまい店入った話をしても「へー」だけど、マズイ話はこうして笑ってもらえる。

−−「食」を描くことで作品が面白くなるのはなぜ?

 王様でもホームレスでもお釈迦(しゃか)様でも腹は減る、ってことじゃないですか。どんなに頭が良い人も美人も、どんなバカでも悪者でも、おなかがすくし腹ペコで機嫌が悪くなったり(笑い)。それって滑稽ですよ。

 下ネタと似ていますね。誰だって興味あって、同じことやってるのに口に出すことをはばかる。食は、下ネタに対する「上ネタ」ですよね。まあ、うんこのもとだからね(笑い)。だって「食べたい食べたい!」ってなんか恥ずかしいことだよね。おいしい店に入ろうと思って並んでるのは、すごくかわいい子がいる風俗店に並んでるぐらい恥ずかしいことでしょう。性欲も食欲も欲ですから。「アレを口に入れてもぐもぐやりたい」っていう。そんな気持ちで並んでるところを誰かに見られているという(笑い)。

イタリア人も食べたくなる焼きまんじゅう

−−その面白さは万国共通ですか。

 漫画はすでに8言語(日本、イタリア、フランス、スペイン、ブラジル、中国、韓国、ドイツ)で出版されています。台湾での出版に続いて今年中に中国、そしてポーランドとデンマークでの出版も決まりました。おいしそうに食べている人を見ると、誰でもおいしそうと感じるんですね。「イタリア人がこの面白さ、わかるんですか?」なんて言う人がよくいる。高崎の焼きまんじゅうの味がイタリア人に分かるかって。でも、このマンガを好きなイタリア人に実際会ったら、「たしかに高崎の焼きまんじゅうの味はわからない。でも主人公がおいしそうに食べているから、無性に食べたくなる」と。

 その言葉を聞いて、子どもの頃のことを思い出したね。テレビで西部劇を見てた時、ドアを肩で開けるようなバーにガンマンが入っていって「何か食い物はあるか」と。するとアルマイトの食器に入った料理が出て来る。今ならビーンズだとわかるけど、あのころはわからないわけ。でもうまそうで、母親に「あれ、何を食べてるの」と聞いたら「わかんない」。だけど「食べたい」と思いましたよ。その思い出とイタリア人の気持ちがつながった。

 面白いことに、英語版がまだなんです。それを聞いたフランス人が「だってアメリカとイギリス、(料理が)まずいじゃん」と(笑い)。なるほどと思いましたね。いろんなものを食べている食いしん坊の人のほうがこの漫画を面白く感じるんだと思う。

 ドラマで紹介した店に、中国や韓国からお客さんが来てるそうです。暮れにシーズン1の第1回の居酒屋に行ったら、中国人が3人来ていて「ドラマに出てくる店を回っている」と。そしたら別の席にいたおじいさんも「私も中国から来た」。先日はソウル、去年はパリの凱旋門(がいせんもん)の前で声をかけられました。こんな日本人のおじさん、よく見つけるよね(笑い)。

 近所の高井戸温泉に独りで行って、玄関から出たところに青年が待っていて「韓国から来ました。お風呂にいる時から久住さんだろうとずっと見てました。写真撮っていいですか」と。まいった、全裸をずっと見られていたって。

−−ある種のグルメブームを久住さんが作ったのでは。

 グルメじゃないって(笑い)。ドラマで登場した店に迷惑をかけるのがすごく心配で、でもみんな「(客がたくさん来て)大変でしたよ」と笑って言ってくれるのがうれしい。それと「みなさんすごく行儀がいいので、嫌なことはない」と。五郎が静かに食べるかららしい。でも困るのは、みんな五郎の順番で追加追加と頼むから、「注文は一度にしてほしい」と。  鶯谷の居酒屋のご主人は、別の回で紹介したわさび丼をわざわざ静岡の河津町まで食べに行って、そこのおやじさんから直接、わさびを分けてもらえるようになったので、店でわさび丼を出してるそうです。自然発生的コラボ(笑い)。

長く読まれているのは谷口さんの絵の力

−−五郎さんは孤独を楽しんでいますが、連れ合いに死なれたり、結婚していなかったり、大学の食堂に「ぼっち席」(独り用の席)が作られたりと、いやおうなく「独りで食べる」時代になっています。

 うーん、いつの時代もあるんじゃないの、そういうことは。「ぼっち席」とかヤだね。言葉を作ってそれに行動をあてはめるなんて。

 ドラマ化されて予想外にうれしかったことは「録画して家族そろって毎週、楽しみに見てます、こんなの何年ぶりだろう」なんていう人がいてくれたこと。「夫婦で毎週かかさず一緒にテレビを見るのは初めて」とか「ドラマが始まると、2歳の子が絵本を放り投げてハイハイしてきます」とかね。

−−ご自身で「孤独のグルメ」を描こうと思ったことは?

 ないです。漫画を描くって大変な労働ですよ。谷口さんは1コマに1日かける人だから。アシスタントを2、3人使って、たった8ページを1週間もかけて描いたら、赤字じゃないですかね。谷口先生はそれでも手を抜かず描く人なんです。「孤独のグルメ」が長く読まれているのは間違いなく谷口さんの絵の力です。今年、18年ぶりに第2巻が出る予定です。

おいしいものは時間たっても記憶に残る

−−久住さんにとっての「究極のグルメ」とは。

 年を取ってきてわかったことは、人って最後は「昔よく食べたあれが食べたい」っていうところに行き着くんだろうと。しかもそれは今や食べることが不可能なもの。高価なごちそうよりも昔食べたあれ、あるいは食べ慣れたあれ。「おふくろの味」ってのもそういうことだったのかって。何も考えず食べていたけど、今思うとうまかったなあって。

 おやじの田舎は新潟県の山の中で、子どもの頃、4年に1回ぐらい夏休みに行ってました。近所に店なんかなくて、朝昼晩、同じようなものを食べる。家とか周りで採れたもの。焼きナスとか煮浸しとかみそ汁とかナスが多かった。あとトマトとかキュウリとかウリとか厚揚げを煮たやつとかで、魚とか肉とかはあんまり出ない。これは子どもにはけっこう苦痛で、家からふりかけ持って行ったりしてた。大学生の頃に祖父が亡くなって、久しぶりに行った。そしたらそのおかずが全部、ものすごくうまい!

 これだけで飯ぜんぜん食えるじゃんって(笑い)。子どものころはこの味がわからなかったなあと思いましたね。だけど、祖母も亡くなってもう食べられない。

 聞いたら、みそなんかも自分の家で作ってたんだね。水は井戸水だし、コメもおいしいに決まってる。今思うと、なんか損してたなあと思うよね。

 去年、愛知県の日間賀島に行ったんだけど、フグとかタコとかカニとかごちそうになって一番印象に残っているのは、「タコしゃぶ」に添えられていた新ワカメ。歯ごたえがあって、湯通しすると鮮やかな緑色になる。味も香りもすごいの。タコの味は忘れちゃった。この間のパリで一番おいしかったのは、路上で食べた焼きとうもろこし。粒が不ぞろいで硬くて甘みも弱い。今どきのとうもろこしって粒がキッチリそろっていてすごく甘いですよね。でも「こういうの小さい頃に山梨のいなかで食べたなあ」なんてね。パリまで行っても昔の味をうまいと感じてる(笑い)。

 結局、おいしいものって長い時を経てもなお記憶に残っているものですね。僕は自分の舌が肥えているなんて考えたこともない。でも「自分にとってのおいしいもの」が、誰にでもきっとあるんじゃないかな。もちろん、それを誰と食べたかとか、そういう思い出と共にね。食の記憶って、いつも自分の周りとの間にあるもので、食べ物だけが存在するわけではない。

店主と客の距離感がタマラナイんです

−−五郎にもそんな心の通い合いがあるのですか?

 あってもなくてもいいよね。例えばドラマの「博多編」で、小松政夫さん演じるうどん屋のおやじ。五郎にうどんを出した後は、たばこ吸いながらスポーツ新聞読んでいるだけで、会話なんてないんだけど、実に味わいがある。あんな店主と客の距離感が、僕はタマラナイんです。五郎は独りで食べてその時間と空間を楽しいと思っている。僕はそんな小さなドラマを、少しユーモアを交ぜて丁寧に作りたいだけなんです。なんの事件も起こらないのに、何度も読み返したり、何度も見たりしてもらえる作品を作れたらなあと思っています。

 いつまでも覚えていることなんて、だいたい小さなことじゃないですか。子供の頃、朝、ナスの漬物がテーブルにのっていると「ああ夏休みが近いな」と感じたとか。そういうことを誰にも言われず数年がかりで覚えていったわけです。そういう、ゆっくりとわかっていって、ずっと心に残っていくようなこと。

 誰でも食べる。「僕は食べませんよ、たまに趣味で食べるぐらいで」なんて人はいない(笑い)。みんなおなかがすく。空腹から誰も逃れられない。それをはしゃがずに面白おかしく描きたいんです。

くすみ・まさゆき 1958年、東京都三鷹市生まれ。法政大学卒。81年、泉昌之の名で「ガロ」に作品「夜行」を持ち込み、漫画家デビュー。「孤独のグルメ」(谷口ジロー画、扶桑社、97年)、「花のズボラ飯」(水沢悦子画、秋田書店、2010年)、「野武士のグルメ」(土山しげる画、幻冬舎、14年)などに原作を提供。「孤独のグルメ」は2012年、テレビ東京がドラマ化し、14年にはシーズン4が放映された。「野武士、西へ 二年間の散歩」(集英社、13年)などエッセー執筆のほか、ミュージシャンとしても活動中。

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