メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

岡崎 武志・評『私の息子はサルだった』『原平さんと目盛くん』ほか

みんな、愛されて育ってきた

◆『私の息子はサルだった』佐野洋子・著(新潮社/税抜き1200円)

     驚いた。2010年に逝去した佐野洋子の新作が読めるなんて!

     『私の息子はサルだった』は、著者が息子の弦(げん)くん(作品中は「ケン」)のことを、秘(ひそ)かに書き溜(た)めた作品。没後に発見され刊行された。

     保育園時代から小学校へ入り、「ケン」との毎日は騒々しく明け暮れていく。好きになったタニバタさんを家に呼ぶが、ライバルの「モグラのキンタマ」(じつは「ウワヤくん」)と、ソファで飛び跳ね奇声を発する我が子に、「猿だね、まったく」と母。

     そんなケンの前から、名古屋へ旅立って行くタニバタさん。飛行場でガラス越しに見送りながら、「ケンは両手でガラスをぺたぺた叩いていた」。「あとがき」で、成長した当の広瀬弦は、「少しの大袈裟と嘘」が交じると告白。

     しかし、だからこそ、読者はこの母子を抱きしめたくなる。“本当”は“真実”とは別のところにある。適切かどうかは別にして、愛は本当。「何でもやってくれと思う」母心に疑いはない。誰もがこうやって母に愛されてここにいる。

    ◆『原平さんと目盛くん』森田トミオ・著(コスモス・ライブラリー/税抜き1770円)

     「モリタがトラックを運転するとうまくいく」と、赤瀬川原平の4度の引っ越しを手伝ったのが、“目盛くん”こと森田トミオ。事実、赤瀬川は売れっ子になっていく。『原平さんと目盛くん』は、赤瀬川が教壇に立った「美学校」で著者が生徒として接して以来、赤瀬川の死までの日々を描き出す。ある時は編集者、ある時はアクセサリーの露天商と、彷徨(ほうこう)する人生の途上で、著者は「自分で発見する喜び」を赤瀬川から教えられる。南伸坊、久住昌之も登場。

    ◆『きょうかたる きのうのこと』平野甲賀・著(晶文社/税抜き1500円)

     特徴的な描き文字タイトルだけで、その本の装丁者が平野甲賀だとわかる。『きょうかたる きのうのこと』は、そんなデザイナーが、日常をデザインしながら暮らす中で見たこと、考えたことをつづる。もちろん仕事の話も。いつのまにか小豆島に移住していた著者は、ここでも文字と格闘している。曰(いわ)く、文字は「それぞれの性格にそった意匠を身にまとい、印象的な存在感を主張する」。演劇、出版、音楽、美術と、親交の広さ、深さにも驚かされる。

    ◆『吉祥寺「ハモニカ横丁」物語』井上健一郎・著(国書刊行会/税抜き1350円)

     いつのまにかオシャレな飲み屋街に様変わりしたが、ルーツは戦後のヤミ市。井上健一郎『吉祥寺「ハモニカ横丁」物語』は、東京西郊の駅前に残る路地の飲食店街をメインに、全国に残るヤミ市起源の横丁を訪ね、その魅力を伝える。町が巨大化、均質化する中、仙台市「壱弐参(いろは)横丁」、新潟市「人情横丁」、八戸市「ハーモニカ横丁」など、薄暗く狭い飲み屋街に人が集うのはなぜか? 人に会い、杯を空け、本書はその魅力を徹底的に探る。

    ◆『スクープ』イーヴリン・ウォー/著(白水社/税抜き2400円)

     吉田健一、丸谷才一など名うての読書家が愛読したイギリスの作家がイーヴリン・ウォー。本邦未訳だった初期長編『スクープ』が高儀進の手で訳出された。内戦が勃発したアフリカの国へ、特派員として送り込まれた記者がウィリアム青年。ところが、同じ名の作家と間違えられていた。「青草が茂る場所」なんておっとりした文章を書く独身青年が、かくてスパイや政商が暗躍する国で、報道合戦の狂奔(きようほん)に巻き込まれる。風刺とユーモアに彩られた傑作。

    ◆『佐藤ジュンコのひとり飯な日々』佐藤ジュンコ・著(ミシマ社/税抜き1000円)

     実家からの“愛の救援物資”さやえんどうを、ヘソから豆の芽が生えるかと思うくらい食べたかと思えば、佃煮(つくだに)+山盛りご飯で炊飯器をカラにする。極め付きは「ベランダビール」。読むだけで喉がなり腹の虫がなる『佐藤ジュンコのひとり飯な日々』。独特の“ゆるさ”で書かれるエッセーとイラストに、じーんとしたりクスッと笑ったり。「たのしいうれしいおいしい時間」は甘いもの以上に「別腹」という言葉に、食と人への愛が詰まっている。

    ◆『落語を歩く 鑑賞三十一話』矢野誠一・著(河出文庫/税抜き780円)

     落語や演芸の著作を多数持つ矢野誠一の最初の本が『落語遊歩道』、1967年刊。江戸の名残を求めて、「芝浜」「船徳」「百川」など落語の名作をテキストに歩く。このたび『落語を歩く 鑑賞三十一話』とタイトルを改めて文庫化された。なにしろ半世紀前のことだから、「建造物の移転、消失、名称の変更などなど」、すっかり町の様子は変わったが、あえて記述をそのままにした。おかげで、昭和を中継して江戸を知るという新味が生まれた。

    ◆『闇からの贈り物』V・M・ジャンバンコ/著 谷垣暁美/訳(集英社文庫/上下各税抜き800円)

     V・M・ジャンバンコ(谷垣暁美訳)『闇からの贈り物』は上下巻の長編ミステリー。シアトル郊外で起きた一家惨殺事件。遺体と現場に残された謎のメッセージ。容疑者の男、その弁護人、そして被害者の3人は、じつは過去に悲惨な記憶を共有していた。事件を追う女性刑事は、容疑者は犯人ではない、と確信する。やがて、事件は意外な真相を見せ始め、どんでん返しの連続が、最後まで読者を引きつける。著者のデビュー作でもある。

    ◆『火山入門』島村英紀・著(NHK出版新書/税抜き740円)

     昨年の御嶽山(おんたけさん)、今年に入って箱根山、口永良部島(くちのえらぶじま)の新岳(しんだけ)など、相次いで大規模噴火が起き、不安に包まれた日本列島だが、島村英紀『火山入門』はタイムリーな一冊。地震・火山研究の第一人者が、いまだに謎の多い火山のメカニズムと実態を解説する。日本は古来より火山国で、災害とともに恩恵も受けてきた。その数110もの活火山が、いつ噴火するかを予知するのは不可能だ。過去の歴史から、経済的損失まで、足元の「驚異」を教えられる。

    ◆『「日本残酷物語」を読む』畑中章宏・著(平凡社新書/税抜き800円)

     昭和30年代半ば、平凡社から刊行された全7巻の『日本残酷物語』。宮本常一と谷川健一を中心に、下層民衆史を新たな視点で考察しヒットした。世に「残酷」ブームを巻き起こす。畑中章宏『「日本残酷物語」を読む』は、そのシリーズから、そこに描き出された「埋もれた民衆像」とは何だったかを読み直す。「民衆の世界が世間に知られるのは不幸によってである」と考えた宮本常一。飢餓、棄民、災害と「残酷」であぶり出された「日本」とは?

    ◆『ナチスの財宝』篠田航一・著(講談社現代新書/税抜き800円)

     日本では徳川埋蔵金に匹敵するのが『ナチスの財宝』。現在も未発見が10万点といわれる、ヒトラーが強奪し、その後消えた「お宝」の行方を、ジャーナリスト篠田航一が追う。略奪美術品が収納された「琥珀(こはく)の間」と、知り過ぎた男の相次ぐ死。ナチス幹部だったコッホのコレクションを巡る謎。ナチス戦犯の逃走ルートと、それを取り巻く闇組織、そしてヒトラー生存説……冒険小説さながらのルポルタージュから、ナチスと戦後ドイツの裏歴史が読める。

    −−−−−

    おかざき・たけし

     1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

    <サンデー毎日 2015年6月28日号より>

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 威力業務妨害容疑 コンサート会場でゴキブリまき散らす
    2. 森友学園 安倍昭恵夫人付官邸職員の回答ファクス(全文)
    3. 幕張総合高校 実技検査で事前調整認め陳謝
    4. 指入れ男 男子生徒の口に…千葉で相次ぐ 警察「変質的」
    5. 森友学園 「はしご外された」…籠池氏、恨み言入り混ぜ

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]