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INTERVIEW 平野義昌

たとえ店がなくなっても魂だけはなくしていない

◆『海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録』平野義昌・著(苦楽堂/税抜き1900円)

     2013年9月30日、神戸・元町のアーケードにある海文堂(かいぶんどう)書店が閉店した。創業から99年目。老舗の閉店が発表されてからの2カ月間、地元だけでなく全国各地からの来店が続いた。

    「新聞やネットで報じられたことから、毎日お客さんが来てくれました。『ここがなくなったら、どこに行ったらエエねん』と嘆く方や、自分が通いはじめた頃の思い出を語る方がたくさんいた。働いている私からすれば、どうしてそこまで閉店を惜しんでくれるのか不思議でした。OBから資料を託されたこともあり、海文堂という本屋の“記憶と記録”をたどってみようと思ったんです」

     平野さんは勤めていた書店の閉店に立ち会ったあと、2003年に海文堂で働きはじめた。

    「前にいた小さな本屋からすると、海文堂には老舗の風格がありました。ジャンルごとの担当者が独自のやり方で棚をつくっていた。児童書担当の田中さんは、長年読み継がれてきた絵本や児童書を選んでいました。2階の海事書コーナーのお客さんは、船員や港湾で働く人など海のプロばかりでした。その方々に教えられて、海に関することならどんな本でも扱う棚ができていったんです」

     また、海文堂では読者に向けたPR誌を何種類も発行してきた。

    「こんなに出していたとは私も知らなかった(笑)。店の変化や当時の読書状況が分かります。前店長の小林さんは『本を通して人と人をつなぐのが本屋の仕事』だと言っています。PR誌もその一つでした」

     教科書販売や外商もあって、ゆったりとした商売ができていた。それが変わるのが、1995年の阪神・淡路大震災以降だ。

    「元町近辺のビジネス街が壊滅したことで、町の姿が一変しました。震災2年目ごろから売り上げが落ち込んでいくのですが、そこで新たな客層を開拓できなかった。閉店は経営者からいきなり通告されました。なぜ閉店するかの説明はまったくない。売り上げの低下は感じていましたが、私自身はそこまでの状況にあると思っていなかったので、非常に驚きました」

     それから閉店まで怒濤(どとう)の日々が続いた。版元への返品作業をすべて終え、平野さんらスタッフは退職。翌年迎えた“幻の100年目”に、平野さんは本書を綴(つづ)った。社史という形ではなく一書店の歴史が出版されるのは、きわめて稀(まれ)だ。本書の版元の苦楽堂は昨年、神戸で創業。社主も長年、海文堂に通っていた。

     たしかに海文堂は「エエ本屋」だったが、それが閉店してしまう現在、「本屋」という商売に希望はあるのだろうか? そんな疑問をぶつけると、飄々(ひようひよう)とした平野さんの表情が曇った。

    「うーん……。いまは何とも答えられないです。ただ、本屋で働いている人たちには、『もっとお客さんと接することを楽しんでください』と伝えたい。本屋で働くことが、魂の仕事であってほしいです」

     今は亡き本屋の軌跡を描いた本書には、本屋の未来への手掛かりが詰まっているはずだ。(構成・河上進)

    −−−−−

    ◇ひらの・よしまさ

     1953年、兵庫県生まれ。コーベブックス、三宮ブックスを経て、2003年に海文堂書店入社。13年の閉店まで勤務する。著書に『本屋の眼』

    <サンデー毎日 2015年8月9日号より>

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