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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『父を見送る』『家族の哲学』ほか

親として、子として、家族を描く

◆『父を見送る』龍應台・著(白水社/税抜き2400円)

     『父を見送る』(天野健太郎訳)の著者・龍應台(りゆうおうたい)は1952年台湾生まれの女性作家・評論家。アメリカの大学で英米文学を学び、本国にて大学教授を歴任したインテリである。本書はそのエッセー集。

     本書をきわだたせているのは、深い省察と情愛による描写力だ。たとえば「見送る」という文章。大学生の息子は、いつか母親の差し出す手を拒絶し、背中で「ついてくるな」と告げる。そこから想起される父親の背中も同様に「ついてくるな」と告げていた。

     老いて痴呆となった母は、娘を見つめ「娘によく似ている」と呟(つぶや)く。哀れで心が優しい。時にして事物や風景を目に焼き付ける感性は、読者に著者が感じたように感じさせ、見たように見させる。

     亡父を追憶する最終章「故郷に咲き乱れるお茶の花」は、本書の白眉(はくび)。「父を山へ送る朝、空はどんよりとして、雨の気配があった。村人たちは駆け回り、伝え合う。長い水不足を癒やす、恵みの雨が来るのだ」。よい酒を温めるようにして、読みたい文章だ。

    ◆『家族の哲学』坂口恭平・著(毎日新聞出版/税抜き1400円)

    「目をさますと、私は死にたくなっていた」と始まるのは、坂口恭平の長編小説『家族の哲学』。著者自身の体験と思われる、突然襲った「うつ」体験を、一人称で切々とつづる。過去の記憶を遡(さかのぼ)り、募らせる罪悪感、そして今日の絶望。誇大妄想に溺れ、死の衝動にかられつつ、家族と生きる日々は、極限に達することで、逆に家族のあり方を露(あら)わにする。妻のフーが言う。「死ななきゃ何でもいい」。その言葉に、普通に生きる読者も救われるだろう。

    ◆『動物翻訳家』片野ゆか・著(集英社/税抜き1500円)

     動物園は変わった。檻(おり)に入れ展示する従来型から、いま、飼育環境を充実させ、動物に健全な生活を送らせる「環境エンリッチメント」という取り組みが進む。片野ゆか『動物翻訳家』は、動物たちの心の声と対話する飼育員たちの姿を描くドキュメント。埼玉県こども動物自然公園のペンギン、日立市かみね動物園のチンパンジー、京都市動物園のキリンなどなど。動物たちとコミュニケーションを取る「動物翻訳家」たちの献身的な姿に学ぶことは多い。

    ◆『空に牡丹』大島真寿美・著(小学館/税抜き1500円)

     大島真寿美『空に牡丹(ぼたん)』は、明治の開化期に花火に魅せられ、一生を費やした男の物語。東京からほど近い村で、大地主の家に生まれた次男が静助だ。火薬庫の番をする元花火師の老人によって、夜空を焦がす花火と出会う。すべてが「御一新」と騒々しい世に、静助は一人、花火に心を奪われ、時代の変化に巻き込まれながら、花火とともに生きていく。この一風変わった男を、愛(いと)おしく見つめ、その生涯を軽やかに描き出す、著者の新境地。

    ◆『イケアとスウェーデン』サーラ・クリストッフェション/著(新評論/税抜き2800円)

     青と黄色の独特のロゴマークで、日本でも人気の高い北欧の家具販売店が「イケア」だ。モットーは「裕福な人のためでなく、賢い人のために」。サーラ・クリストッフェション(太田美幸訳)『イケアとスウェーデン』は、世界27カ国に展開する店の思想と魅力を伝え、福祉国家スウェーデンとのつながりを考える。シンプルで機能的、そして美しい日用品を扱うことが、安定した生活を生み出す。国際ブランドのイメージが作られた過程がそこに見える。

    ◆『日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた』嶌信彦・著(角川書店/税抜き1600円)

     3階建てで1400席あるウズベキスタンのナボイ劇場は、大地震でもビクともしなかったほど堅牢(けんろう)なつくりだ。ジャーナリストの嶌(しま)信彦は『日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた』でその秘話を明らかにする。ソ連軍の命により、24歳の永田行夫を隊長としてその建設にあたった捕虜たち。「世界に引けをとらない建築物をつくる」というプライドと気概が彼らを鼓舞する。敵味方なく、誠心誠意ものづくりに取り組む日本人の姿に胸を打たれる。

    ◆『黄金の丘で君と転げまわりたいのだ』三浦しをん、岡元麻理・著(ポプラ文庫/税抜き740円)

     お酒は大好き。でも「ワインの名前って呪文みたい」で覚えられない。そんな超初心者の三浦しをんが、スペシャリスト・岡元麻理恵の指南を得て、ワイン道をつき進むのが『黄金の丘で君と転げまわりたいのだ』。色、値段、舌触り、器と、一歩一歩修業していく。渋みを決めるタンニンと熟成の過程の説明を受け、「ワインって、なんだか人間みたい」と感想をもらす三浦。わかりやすい。グラスで味が変わるとは驚いた。この一冊を読めば通ぶれる?

    ◆『漂えど沈まず 新・病葉流れて』白川道・著(幻冬舎文庫/税抜き770円)

     今年4月に急逝したハードボイルド作家の白川道(とおる)。本作『漂えど沈まず 新・病葉(わくらば)流れて』は、自伝的要素の濃い賭博小説。広告会社に勤務しながら株の投資で大金を握る梨田は、酒、賭博、女と荒くれた生活を送る。大阪万博を控え、高度成長の上げ潮に乗る時代。女に言われた「貴方(あなた)には、小説を書く才能がある」の言葉に心を動かされながら、社会と折り合いがつけられず、彼は破滅へと駆り立てられる。きわめて男くさい世界がここにある。

    ◆『「小津安二郎日記」を読む』都築政昭・著(ちくま文庫/税抜き1500円)

    「東京物語」の巨匠が、ずっと日記を書いていた。都築政昭『「小津安二郎日記」を読む』は、日記を同時代の資料と照らし合わせながら読み、人間・小津の姿を浮き彫りにする。昭和24年3月5日は「染井能舞台」へ。「晩春」のロケハンだ。そして3月6日「お嬢さん乾杯」を見る。主演は原節子。ここに小津と原のコンビによる黄金期が始まる。著者は作品と生活をていねいに紹介しつつ、日記から小津の内実に踏み込んでいく。一級の小津安二郎論。

    ◆『人声天語2』坪内祐三・著(文春新書/税抜き940円)

     坪内祐三『人声天語2』は、『文藝春秋』の名物コラムをまとめた第2弾。2009年から15年6月号までを収める。政治、芸能、音楽、風俗、流行から街ネタまで、希代の博識が激しく反応し、もの申す。新宿・紀伊國屋裏の喫茶店の消滅を憂い、銀座の変化について「貧相な顔が増えた」と指摘する。失われゆくものに過敏なのが著者の特徴で、本書は井上ひさし、小沢昭一、山口昌男などへの追悼集でもある。時代のうねりが本書から見通せる。

    ◆『地球はもう温暖化していない』深井有・著(平凡社新書/税抜き820円)

     異常気象が起こるたびに、悪者にされる地球温暖化現象。しかし、気候変動の著書もある物理学者・深井有は『地球はもう温暖化していない』という本を書いた。じつは、データ上で見ると20年近くも温暖化は進んでいない。新しい気候変動の分野では、CO2ではなく太陽が主役だという。気温は頭打ちから、のち寒冷化へ進むという予測も……。国連により政治化された「地球温暖化」問題は、いまや金儲(もう)けの道具になるなど、常識が覆される好著。

    ※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

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    おかざき・たけし

     1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

    <サンデー毎日 2015年11月15日号より>

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