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余録

「せめて『火垂るの墓』にでてくる兄ほどに…

 「せめて『火垂(ほた)るの墓』にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持ちが強く、小説中の清太(せいた)に、その思いを託したのだ」▲「火垂るの墓」で直木(なおき)賞(しょう)を受賞した野坂昭如(のさかあきゆき)さんは書いている。小説の妹は4歳だが、野坂さんの妹は1歳半で栄養失調死している。当時14歳の野坂さんは自らの飢えのあまり妹の食いぶちまで手を出し、泣きやまない妹を殴ったこともあったと悔恨を明かしてきた▲「生き長らえる自分の、うしろめたい気持ちに、責めたてられ、あざ笑われ、ののしられつつ、ぼくはぼく自身の小さな文字を書く……五十歩百歩の、その逃げすぎた五十歩の距離、五十歩のうしろめたさが、ぼくを焼跡闇市(やけあとやみいち)にしばりつけている」(アドリブ自叙伝)▲人の暮らしも心も焼き払った戦災、生々しい欲望がタテマエを破って交錯した闇市……それらがすっかり忘れられ、経済成長が新たなタテマエを築き上げた時代に名乗りをあげた「焼跡闇市派」であった。その自己主張は強烈で、タテマエの境界は次々に超えられた▲歌手クロード・野坂、CMソングに早口のテレビ評論、わいせつ文書裁判、参院議員と衆院選落選……八面六臂(はちめんろっぴ)を並べれば、まるで時代のおもちゃ箱をひっくり返したようである。だが、その当時を自分の弱さをごまかす「ボロ隠しに汲(きゅう)々(きゅう)としていた」とも回想した▲この春まで続けた小紙連載でも妹について「何十年経(た)っても、いたたまれない気持ち」と記した野坂さんだ。連載の最後に「戦後が圧殺されようとしている」の直言を残した焼け跡闇市派だった。

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