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原発PR看板撤去 「過ち伝えて」移設、保存へ

帰還困難区域にある原発PR看板の撤去作業が始まり、文字パネルを取り外す作業員=2015年12月21日、佐々木順一撮影

 東京電力福島第1原発が立地し全町避難が続く福島県双葉町は21日、「原子力明るい未来のエネルギー」などの標語を掲げた原発PR看板2基の撤去を始めた。設置から25年前後が経過し老朽化したため。標語を考案し、現場保存を求めてきた大沼勇治さん(39)が現場に駆けつけ、作業の様子を残念そうに見つめた。町は撤去後の看板を震災遺構として保存する。

 この日は午前10時半ごろから、作業員らが部品の傷み具合を確認しながら慎重に撤去に着手した。来年1月上旬までに作業を終え、町役場敷地内の倉庫に一時保管する。

 「明るい未来」の看板は1988年、国道6号沿いの町体育館前に、もう一つは「原子力豊かな社会とまちづくり」などと書かれ、91年に町役場の入り口近くにそれぞれ町が設置した。原子炉増設の機運を高める目的で、標語は町民らから公募した。

 看板は立ち入りが制限される帰還困難区域にあり、町は「補修や点検ができず、部品落下などの危険がある」として撤去と廃棄を計画。しかし、小学生の時に「明るい未来」の標語を考えた大沼さんらが「過ちを伝える遺物として現場に残すべきだ」と訴え、各地の脱原発集会などで集めた6902人分の署名を今年6月、町に提出した。これを受け町は、県などが同町や隣接する浪江町に整備予定の「復興祈念公園」に移設することを検討している。

 大沼さんは事故後、古里の双葉町から茨城県古河市に避難し、脱原発社会を目指して太陽光発電事業を始めた。撤去される看板を見ながら「悔しい思いでいっぱいだ。国策に振り回される同じ失敗を繰り返さないよう、外した看板は必ず展示してほしい」と話した。

 双葉町の伊沢史朗町長は21日、「老朽化により撤去するが、町の財産として大切に保存する。双葉町が復興した時に改めて復元、展示を考えている」とのコメントを発表した。【栗田慎一】

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