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数字は証言する

/1 飢餓、空腹で軍紀崩壊

 「将校、下士官、馬、兵隊」−−。日本軍内の序列を揶揄(やゆ)した、そんなざれ言がある。アジア・太平洋における15年間の戦争で、一兵卒はたった「1銭5厘」(郵便料金)の赤紙で徴集することができる消耗品だった。無謀な戦線拡大と補給線の破壊により、南方の孤島やジャングルで、水漬く屍(かばね)、草生(む)す屍となった230万人。大日本帝国は「忠勇なる皇軍兵士」をどのように遇したのか。戦後70年の2015年が過ぎようとしている年末。4回に分け、データをひもといてみた。【高橋昌紀/デジタル報道センター】

   ◇    ◇

「メレヨン島現状並びに希望事項」

1945年6月、同島海軍司令官・宮田嘉信大佐

 ○給養衛生状況

 各隊とも糧食欠乏し、衛生状況極めて悪く、病室は天濠(てんごう)で、治療具、薬品等極めて欠乏し、1日平均20名近くの病死者(陸、海軍設営隊合算)あり。

 全部が栄養失調症による衝心脚気(しょうしんかっけ)による餓死なり。

 ○軍紀、風紀

 極めて不良。

 各隊にて行われている精神教育も、食糧の不足、飢餓空腹の前には如何(いかん)ともならず。糧食庫または耕作地に盗難事件が頻発。

 2、3人以上または7、8人組をなして(下士官引率)の事件等もあり、これに対し、実弾を番兵に持たせあるも毎夜2発程度の銃声を聞き、また私刑が極めて多く、絶食、吊(つる)し首、絞り殺し等が平然と行われている憂うべき状態なり。

 (原文はカタカナ。句読点など一部追加)

   ◇    ◇

出典:藤原彰著「餓死した英霊たち」

 著書「餓死した英霊たち」で、歴史学者の故・藤原彰氏(一橋大名誉教授)は最も悲惨な離島守備隊として、メレヨン島を挙げている。日本軍の重要な根拠地であるトラック、グアム、パラオの中間ほぼ500キロに孤立し、耕作地のほとんどない環礁だった。米軍は当然飛び石とみなし、航空基地への空襲のみでよしとした。

 海軍軍令部による1945年4月の調査時点で、外部からの補給は既に1年間も途絶していた。主食は1日100グラムというなかで、軍法会議によらない処刑も行われたとみられる。そうした軍紀粛正を徹底したメレヨン島の守備隊の生還率は地上戦がなかったにもかかわらず、25%。藤原氏は指弾する。

出典:藤原彰著「餓死した英霊たち」

 「下級者ほど餓死者の比率が高いという悲劇を演じ(中略)軍紀の厳正さをとくに天皇から賞賛されていた(中略)日本軍の非人間性が、もっとも強く現れたのがメレヨン島だったといえよう」

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