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戦後70年

松本零士さん「戦争してはならない。流されず信念を」

インタビューに答える漫画家の松本零士さん=12月17日午後6時ごろ、高橋昌紀撮影

 「戦後70年」が過ぎてゆく。アジア・太平洋における15年間の戦争で、南方の孤島やジャングル、大陸の砂漠に水漬く屍(かばね)、草生(む)す屍となった日本軍将兵は約230万人。最底辺の一兵卒たちはたった「1銭5厘」(郵便料金)の赤紙で徴集され、「将校、下士官、馬、兵隊」と揶揄(やゆ)された。「血を流すのは国籍に関係なく、一人一人の人間」と強調するのは漫画家、松本零士さん(77)。個人は小さな存在だが、「信念を持ち、流されず、自分の旗を掲げてほしい」と呼びかける。【高橋昌紀/デジタル報道センター】

 今年4月に天皇、皇后両陛下が訪問した太平洋戦争の激戦地、パラオ諸島。その東方にメレヨン島が浮かんでいる。戦略的に価値のない日本軍拠点を迂回(うかい)する米軍の「飛び石作戦」によって、主戦場からは遠く離れた同島もまた、捨て石とされた。

 日本海軍軍令部による1945年4月の調査時点で、外部からの補給は既に1年間も途絶していた。制海・制空権を失った海軍が転進のための輸送船を派遣できるはずもなく、守備隊約6500人は他の離島守備隊と同様に自活自戦を命じられる。

 しかし、メレヨン島は耕作地がほとんどない環礁だった。主食は1日100グラムというなかで、「1日平均20名近くの病死者あり」「糧食庫または耕作地に盗難事件が頻発」「私刑が極めて多く、絶食、吊(つる)し首、絞り殺し等が平然と行われている」(同島海軍司令官、宮田嘉信大佐の報告)という惨状を呈する。

 現天皇の父である昭和天皇は1944年10月の時点で、メレヨン島のような離島守備隊の状況を危惧していた。その意を受けた海軍の調査により、同年8、9月には既に食料保有量が30日を切っている守備隊が続出していたことが判明。大本営が戦勢転換を夢想するなかで、パラオなどの「玉砕の島」とは異なる最期を、そうした「飢餓の島」は迎えることになる。

 「餓死した英霊たち」(藤原彰著)によると、メレヨン島守備隊約6500人のうち、餓死・病死は69%(4493人)。戦死は空襲などによる5%(307人)だった。さらに悲劇的なのは階級別の死亡率で、将校33%に対し、兵卒は82%にも達した。極限状態において、階級社会の軍隊の実相が露わになったといえよう。彼らは戦後の恩給においても、階級別に上下が付けられた。

出典:藤原彰著「餓死した英霊たち」

 「自殺した元日本兵を見たことがあります。復員できたが、空襲で家族が全滅していたのです」。終戦時に小学生だった松本さんにとって、強烈な思い出だ。「戦争をしてはならない。日本兵も米兵もない。すべての人は死ぬためにではなく、生きるために生まれてくる」

 父親は元陸軍パイロット(少佐)だったが、戦後は八百屋を営んだ。飛行機好きの松本少年に対し「どの面を下げて、部下をこれだけ失って、アメリカ製の飛行機を操縦できるというのか」と語っていたという。個人として、信念を持つことの大切さを松本さんは訴える。「(その人の信念が)正しいかどうかは他人が簡単に決めつけるものではない。ただし、一度決めた信念ならばとことん、貫き通してほしい」と話している。

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