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余録

元禄3(1690)年の芭蕉の歳旦吟(新春詠)に…

 元禄3(1690)年の芭(ば)蕉(しょう)の歳旦吟(さいたんぎん)(新春詠)に「薦(こも)を着て誰人います花の春」がある。新春の華やぐ街で粗末な薦をかぶった乞食(こつじき)を見かけた。どなたなのか、もしや尊い聖(ひじり)ではあるまいか▲この句は京の俳人の間で、新春詠の巻頭に乞食をもってくるとは何事かと物議をかもしたという。芭蕉はこれに対し、情けないことだと嘆き、京に俳人はもういないと憤慨した。西(さい)行(ぎょう)法師作とされた説話集に出てくる高徳の乞食僧にかねて心を寄せていた芭蕉だった▲芭蕉自身も当時は「こもかぶるべき心がけ」で俳句にのぞんでいたという。富や力が支配する世を捨て去り、目に見えない高みをめざす生き方は芭蕉その人が求めるところだったのだろう。俗世でさげすまれる姿や形は、むしろ高い徳、聖なる力のあかしなのだった▲みすぼらしい放浪の旅人が実は神や仏の化身(けしん)だったといった話は世界中の人々が好んで語り伝えてきた。貧しい者、虐げられた者こそが神に愛されるという宗教的感情も広く行き渡っている。富や力では得られぬ魂の救済への渇望(かつぼう)や聖なるものへの畏(おそ)れは誰にもある▲だがグローバル経済がむしろ人々の間に心の壁を作り出し、歯止めなき暴力が噴き出る今日の世界である。文化を異にする人々が共に生きる制度や理念が崩れていく不安の中で新しい年を迎えた。異質な他者への嫌悪が幅をきかせ、貧者や虐げられた人への共感もやせ細っていくようにみえるのは杞憂(きゆう)だろうか▲芭蕉の見た乞食は新春をもたらした年神の化身かもしれない。この世の壁を超える聖なるものへの感覚をどうかよみがえらせてほしい2016年の年神だ。

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