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余録

峠越えの道をゆく旅人が突然激しい空腹に襲われ、…

 峠越えの道をゆく旅人が突然激しい空腹に襲われ、体の自由がきかなくなることがあった。民俗学者の柳田国男(やなぎた・くにお)が記録したものでは「手足がしびれて力がなくなり、冷や汗が出て腹がこわばる」とある。「ひだる神」に取りつかれたのだ▲もちろん昔の伝承である。ダル、ダラシなどとも呼ばれるこの行(ゆ)き逢(あ)い神、取りつかれたら食物を口に入れるか、手のひらに米と書いてなめると直るといわれた。多くは人知れず行き倒れになった者の怨霊(おんりょう)の仕業とされた▲では、未明の峠越えの道をゆくスキーバスはどんな魔物と行き会ってしまったのだろう。冬の山道とはいえ降雪や霧もなく視界は良好、路面は乾いており現場のカーブは緩やかなものだった。運転手の身に異変があったのか、それとも車体に異常が生じたのだろうか▲長野県軽井沢町の国道でスキー場に向かうツアー客を乗せた大型バスがガードレールを破って道路わきに転落、14人が死亡、26人が重軽傷を負った惨事である。ゲレンデでの朝を夢見ていたろう乗客の多くは、突然眠っていた座席から放り出され、頭などを強打した▲最近は外国人旅行客の急増で運転手や車両の不足がしきりに取りざたされるバス業界である。運転手の高齢化が話題となり、一方でバスの整備不良による火災が人々を驚かせた。今回の事故がそれらと関係あるのか否か、背景にまで踏み込んだ原因究明が求められる▲事故に遭った客は多くが10代、20代の若者だった。亡くなった方の親族や友人には「いったい、なぜ」という問いが心を去ることはあるまい。せめて人の手抜かりが招き寄せた魔の正体は見極めたい。

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