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サメ線刻画見つかる「因幡の白兎」関連性?

鳥取県立博物館所蔵の銅剣から見つかったサメの線刻絵画(中央)=奈良市の奈良文化財研究所平城宮跡資料館で2016年2月9日、三村政司撮影
サメの線刻絵画

 鳥取県立博物館(鳥取市)所蔵の弥生時代の銅剣に、サメの線刻絵画があることが奈良文化財研究所(奈文研)の調査で判明した。10日に発表した同県と奈文研によると、鋳造後の青銅器で線刻画が確認されたのは初めて。サメの図柄はこれまで鳥取県を中心に木製品などで見つかっているが、銅剣は儀式用とみられ、海にまつわる地域独自の祭祀(さいし)の存在を示す成果という。

     線刻画は長さ2.3センチ。サメに特徴的な流線型の体、背びれや尾びれなどが表現されている。銅剣(長さ42センチ)の根元近くの平たい部分「元部(もとぶ)」に彫られていた。成分分析などで弥生中期中ごろ(紀元前2世紀)に作られたと判明。線刻は100年余り後の弥生中期後半(紀元前1〜紀元1世紀)に、青銅より硬い鉄で彫ったらしい。

     銅剣は1990年度に同博物館に個人から寄贈され、出土の経緯は不明。県史編さん事業の一環で奈文研が詳しく調査し、サメの線刻に気付いたという。これまで弥生時代のサメの絵は鳥取、島根、兵庫各県で木製品、土器、石器などで12例確認されている。うち9例が鳥取市の集落遺跡・青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡(国史跡)に集中。絵の特徴が酷似することから、銅剣は同遺跡や周辺から出土した可能性が高いという。

     銅剣は11日〜5月8日、同博物館で公開される。【皆木成実】

    難波洋三・奈文研埋蔵文化財センター長の話

     海と関わりの深い因幡(鳥取県東部)の人々が、畏怖(いふ)の対象だったサメを自らの集団のシンボルや、信仰の対象として彫り込んだものだろう。荒神谷遺跡(島根県出雲市)からは358本もの銅剣が出土しているが、形状が異なる。出雲と異なった祭祀が行われていたようだ。

              ◇

     サメは鳥取の因幡(いなば)地方を舞台にした神話「因幡の白兎(うさぎ)」にも「ワニ」として登場する。研究者らは関連性に注目しており、弥生時代の人々がサメに何を求めたのか、想像が膨らみそうだ。

     「古事記」(712年)に記された因幡の白兎神話では、ウサギがサメをだまして海を渡るが、うそがばれてサメに皮をはがれる。それを助けた大国主命(おおくにぬしのみこと)のために、ウサギが八上姫(やがみひめ)との縁を取り持つストーリーだ。

     古事記の表記上はワニだが、山陰地方の方言でサメをワニと呼ぶことや、ワニが生息しない海が舞台であることから、サメとの解釈が成り立つ。舞台とされる白兎(はくと)海岸(鳥取市)も日本海に面し、海に面する交易拠点だった青谷上寺地遺跡まで約12キロと近い。

     銅剣にサメを刻んだことについて、鳥取県立公文書館県史編さん室の湯村功専門員は「安全な航海などを祈るため、サメを媒体に海の神々を鎮めたのではないか」と推測する。ただし、線刻画が描かれてから古事記編さんまでの約600年間は、サメに関する資料が見つかっていないという。

     立命館大の山尾幸久名誉教授(日本古代史)は「因幡の白兎神話は弥生時代のものと考えられるので、(線刻画と)大体時期が合致する。サメが信仰対象で人々が畏怖(いふ)していたことと、神話でウサギが海を渡る際に重要な役割を果たすことは、つながっているのではないか。可能性は十分に考えられる」とみている。【小野まなみ】

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