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「爆買い」戦略とその先 龍角散・藤井社長

主力商品を前にインタビューに答える藤井隆太・龍角散社長=東京都千代田区で増田博樹撮影

 「ゴホン!といえば」で知られるのど薬大手の龍角散。その製品は中国のサイトで「日本で買うべき神薬」にも挙げられるなど高い人気がある。中華圏最大の祝日「春節」では日本の主な観光地は中国人旅行者らでにぎわい、その旺盛な購買力に注目が集まった。いわゆる訪日中国人の「爆買い」をはじめとするインバウンド消費とどう向き合い、今後どう取り組むのか。藤井隆太社長(56)に聞いた。【増田博樹/デジタル報道センター】

     −−日本の老舗メーカーの家庭薬をはじめ、薬品類は中国人に人気があります。インバウンド消費についてどのような取り組みをしてきましたか。

     ◆ただ待っていたわけではなく、業界全体で対応を考えました。私のような家庭薬企業の経営者が集まって戦略を考える委員会があるのですが、2010年の中国人向け旅行ビザの緩和を受け「各社連携してやらない手はない」となりました。まず、中国で配布する無料情報誌のページを買い取って共同広告を打ち出したのです。資本関係のない会社どうしの共同広告というのはあまりないでしょう。しかし、業界には長年の信頼関係があり、総合力を発揮するには連携が必要という考え方があったゆえに可能だったと思います。

     −−効果はどうでしたか。また、店舗ではどのような取り組みを?

     ◆最初は情報誌がどの程度手に取られているか分かりませんでしたが、秋葉原などに行って見てみると中国人が皆持っていたのです。ドラッグストアでも最初は理由がわからないながらも手応えは感じたようで、その後、店とメーカー各社が連携して情報誌の該当ページを店頭で掲示するとともに、掲載商品と同じものを通常の棚とは別にまとめて並べる取り組みを始めました。

     中国人顧客は多くが来日前に買う商品を決めています。旅行者自身もそうですが、友人や同僚から買ってきてくれと頼まれる。そうすると、似たものでも目指す商品以外は買いません。商品が写ったスマホ画面を店員に見せながら「これをくれ」という感じなのです。

     日本には約2万3000のドラッグストアがありますが、中国人ら訪日外国人顧客が多く来店する約300店舗に人や資材を集中投下しました。広告と店舗の活性化により、彼らが買いやすい動線を効率的に作ることができたと思っています。棚からぼた餅的に突然売れたと言われるのは心外で、組織的な取り組みの結果だと思っています。

     −−龍角散をはじめ日本の家庭薬はなぜ中国人らに人気があるのでしょう。

     ◆龍角散は戦後間もない頃からアジアなどへ輸出しています。生薬を複雑に組み合わせた製剤など他がまねのできないオンリーワン商品でもあります。また、相手の文化に合わせるべく長年努力をしてきており、現在の海外販売量は日本の5倍です。今度は日本に来てもらっているわけですから、それに合わせた努力をしている、ということでしょう。また、中国や欧州で何百年も続いている企業はほとんどありません。龍角散のような老舗企業が長年続いていること自体が、企業に対してはもちろんですが、日本の文化への信頼や信用にもつながっているように思います。

     −−龍角散は冬場の商品のイメージが強いのですが。

     ◆1995年に社長に就任した時はまさにその通りで、経営的にも苦しい時期でした。そこで「せきを止める」だけではなく「のどを守る」薬なのだ、と発想を転換しました。春先は花粉やほこり、冬場は乾燥があります。夏はどうしたかというと、「祭り」を考えました。祭りは皆が大きな声を出します。つまり「声がれ」への対策です。全国各地で大小さまざまに行われに行われており、ニーズも大きいと考えました。

     加えて、従来のパウダー状だけではなく、初心者にも飲みやすいスティック状の顆粒(かりゅう)タイプ(「龍角散ダイレクト」)を発売したことで、若い顧客など新規ユーザーが増え年間商材になりました。日本での取り組みが奏功して海外やインバウンドでも今では1年を通じて売れています。古い製品はコンセプトを環境に合わせて変えていかないと生き残れないと思っています。

     −−対中国となるとリスクもあるのではないでしょうか。

     ◆10年の沖縄県尖閣諸島での漁船衝突事件と11年の東日本大震災の時には、中国人顧客がぱったりと来なくなりました。業界で取り組みを始めて間もない頃で、委員会でも自分が委員長ということもありずいぶんと怒られました。しかし、よく調べてみると、その時の香港での売り上げが普段の3倍になっていたのです。日本に来たついでに買おうか、というのではなく、本当に龍角散は求められているのだなと思いましたね。それ以降、香港でも地場チェーンと連携した仕掛けなどを進めています。台湾でも広告戦略などを展開しており、日本・香港・台湾の3極でリスク分散を図るよう取り組んでいるところです。

     −−業績に変化はありましたか。

     ◆社長就任時は年商約40億円でしたが、15年3月期の売上高は2倍の89億円、16年3月期は3倍超に相当する130億円を見込んでいます。訪日旅行者による売り上げが全体の2割を占めており、インバウンド効果はもちろんありました。しかし、それだけではなく、先ほどの祭りの広告など、予防薬的な製品コンセプトに変えて数多く展開した結果、国内需要や財務体質も強化できたと思っています。ただ、インバウンド消費では店頭での段ボール買いなど想定していない買い方もあり、一時欠品を起こしてしまったことは申し訳ないと思っています。現在、工場は24時間フル稼働で対応しています。

     −−爆買いが注目されていますが、今後は?

     ◆薬は売りっぱなしではなく、専門用語で言う「市販後安全対策」が不可欠です。訪日旅行者への説明は現場では難しい。このため、今、業界挙げて売れ筋商品の説明書の英語、中国語、韓国語などへの翻訳を進め、ウェブサイトで見られるようにしています。大変手間のかかる作業ですが、これは進めていきます。

     売り上げが大きく増えましたが、会社として規模は追求せず、「成長」よりも「進化」を重視する経営をしたいと思っています。龍角散の製品は技術的にまねができないオンリーワンののど薬です。これからも世界の人々のライフスタイルに受け入れられ、日々の生活の中のオンリーワンになれるよう努力する姿勢を貫きたいと思っています。

    略歴

     ふじい・りゅうた 1959年東京都生まれ。84年桐朋学園大学音楽学部研究科終了後、大手製薬会社に入社。三菱化成工業(現・三菱化学)を経て、94年龍角散入社、95年代表取締役社長に就任。服薬補助ゼリー「らくらく服薬ゼリー」のヒット、基幹商品「龍角散」の海外進出などで累積赤字を一掃。フルート奏者としてコンサートへの出演や後進の指導にもあたっている。

    龍角散の歴史

     薬の原形は江戸中期の秋田藩の御典医であった初代・藤井玄淵によって作られた。明治維新に伴う廃藩置県で藩薬であった龍角散は藤井家に下賜され、1871(明治4)年に東京・神田で創業し一般薬として販売を始める。1964(昭和39年)、社名を現在の株式会社龍角散に改称した。藤井隆太氏は玄淵から数えて8代目。

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