メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

「これからは隠れず生きる」…実名で提訴

記者会見で涙ぐむ原田信子さん=熊本市中央区で2016年2月15日午後4時12分、山下恭二撮影

 父親がハンセン病患者だった原告の原田信子さん(72)=岡山市=は、8歳の時に見た消毒剤の白さが目に焼き付いている。当時住んでいた北海道の港町の自宅に保健所の職員が押し掛け、近所の人が見守る中、家は消毒剤だらけにされた。父親はそのまま青森県の国立ハンセン病療養所へ。父親の布団などは山で燃やされた。

     その日から周囲の目は一変した。近所付き合いは一切なくなり、母親は水産加工場を解雇された。行商を始めたものの、その日の食べ物にも困り、畑でジャガイモを拾うなどして飢えをしのいだ。学校では同級生が「寄るな」「腐る」とののしった。掃除でバケツに雑巾を浸せば「(ハンセン病が)うつる」と水を捨てられた。

     中学卒業後、飲食店で働き知り合った男性と結婚したが、穏やかな日々はつかの間だった。夫は酒に酔うたびに父親を引き合いに出して暴力をふるった。「お前の父親の病気が会社に知られたら出世できない」。殴られ、歯が折れたことも。長男が成人するのを待って離婚した。

     父親は2001年2月、亡くなった。「あんたの病気のせいで私がいじめられる」。療養所を訪ね、そう言ってつらく当たったことを後悔した。帰宅した遺骨を既に他界していた母親と同じ墓に納めた。「結婚生活も短かったからこれから2人離れないで」

     熊本地裁が元患者への賠償を国に命じたのは、その年の5月。何かが変わったような気がして、友人に父親がハンセン病患者だったことを打ち明けた。だが連絡は途絶えた。「やっぱり話しては駄目なんだ」。友達をつくることをあきらめた。

     「幸せだと思ったことはあまりなかった。泣いていることが多かったから」。72年間の人生を振り返る。あえて実名を出して臨んだ提訴後の記者会見。涙ぐみながらも、こう訴えた。「裁判を通じて小さい頃から差別と偏見を受けてきたことを知ってほしい。ずっと小さくなって生きてきたが、これからは隠れず生きていきたい」【井川加菜美】

    関連記事

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 高畑容疑者 花王、母の淳子さん出演のCM中止
    2. 五輪陸上 表彰式でブーイング 観客、銀の仏選手に
    3. 麻疹 大規模コンサートに感染者 2次感染可能性を警告
    4. 全日空 5カ月公表せず B787、国際線でトラブル発覚
    5. NHK 「貧困女子高生」に批判・中傷 人権侵害の懸念も

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです

    [PR]