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虹の架け橋、この手で…3児失った木工作家

「虹の架け橋」の前で、遠藤伸一さん(右)の作業を手伝うひろ君=宮城県石巻市で2016年1月20日、森田剛史撮影

 東日本大震災の被災地で遊具型の木製オブジェ「虹の架け橋」を連作している宮城県石巻市の木工作家、遠藤伸一さん(47)が、市内の高台に3基目を完成させた。子ども3人を津波に奪われ「生きていて地獄」だった遠藤さんは、周囲に支えられてこの5年間を乗り越えてきた。3基目の制作では、被災後に精神疾患を患って表情を失った17歳の「ひろ君」に木工の仕事を教えた。オブジェを前に笑顔を見せたひろ君の姿に、遠藤さんは言う。「今度は自分が支える側になる」【森田剛史】

オブジェ制作共にした少年の成長が励み

 3基目は、虹をかたどった橋や展望台が付いた高さ4メートル、幅約11メートルのやぐらで、すべり台が付いている。震災で家族を亡くすなどして心に傷を負った子どもたちのケアや復学支援をする「こころスマイルハウス」の敷地に作られた。

 ハウスを運営する一般社団法人から昨秋、制作を依頼され、ハウスに通うひろ君をアルバイトとして紹介された。ひろ君は被災後に精神障害を患い、高校を中退していた。

 働き始めたころのひろ君は無表情で発する言葉も少なかったが、初めて給料を渡すと明るい表情を見せた。遠藤さんは、ひろ君がどんな過去を背負っているのか知らされていなかったが、「寄り添えるおんちゃん(おじさん)に、俺がなりたい」と思った。黙々と木材の皮むきややすりがけをしていたひろ君に笑みが浮かぶようになっていった。

 遠藤さんは8歳から13歳の我が子3人を津波に奪われた。「『生きていて地獄』というのがあるんだ」。守れなかった自分を責め続けて死を考えたこともあったが、ボランティアらの励ましに支えられ、「人と人とのつながりの証しを形にしたい」と「虹の架け橋」を作り始めた。

 ひろ君は今年初めに受験勉強を始め、単位制高校に合格した。遠藤さんは、支援されるばかりだった自分でも、誰かを支えられることを知った。

 遠藤さんは1月末の誕生日に、ひろ君から芯の太さ0・4ミリ用のシャープペンシルを贈られた。手帳に細かい字で予定を書く遠藤さんの姿を見ていたからだった。「社会に出ようと立ち向かうひろ君の姿に、逆に励まされる」とも話す。

 人を救えるのは人の心だけ−−遠藤さんは思う。「自分が壊れずに生きて木工を続けてこられたのは、出会った人たちの真心に支えられたから。人の思いが詰まったこの仕事は、もう自分だけのものじゃない」。「虹の架け橋」が雲間から差し込む日の光で輝いた。

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