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「3歳の娘、心の中に」…南三陸

法要が始まり、手を合わせる三浦菜緒さん=宮城県南三陸町で2016年3月11日午前10時31分、喜屋武真之介撮影

 東日本大震災は11日、発生から5年の朝を迎えた。津波にのまれるなどして行方不明の人は、いまだに2561人。警察庁によると、捜索に延べ65万人以上を投入してきたが、時間の経過とともに見つかる遺体は減り、半年間で身元を確認できたのは4人(2月末現在)にとどまる。「気持ちの整理がつかない」「あなたに会いたい」。行方不明者の家族はこの日を、胸が締め付けられる思いで迎えた。

 宮城県南三陸町の寺院で11日、法要が営まれ、家族4人が犠牲になった三浦菜緒さん(40)が遺族代表としてあいさつした。4人のうち長女ゆうちゃん(当時3歳)の行方は今もわからない。集まったのは約170人。人前で話すのを避けてきたが、幼なじみの住職に頼まれ引き受けた。「生きていれば8歳。小学生の姿も想像してみますが、思い浮かぶのは小さくてかわいい女の子のままです」

 震災当日、体調を崩した三浦さんは一緒に暮らす義理の両親にゆうちゃんを預け、遠くの病院にいた。自宅は海から約1キロ。津波で寸断された道を数日かけて戻ると、跡形もなくなっていた。義理の両親と、町職員で防災対策庁舎にいた夫の洋さん(当時40歳)の遺体は見つかったが、ゆうちゃんは見つからない。

 にぎやかな5人暮らしから、仮設住宅での1人暮らしに。小さい女の子を見ると、ゆうちゃんの姿が重なり、引きこもることが多くなった。津波にのまれて苦しむゆうちゃんの姿ばかりが脳裏に浮かんだ。

 飛行機好きのゆうちゃんと何度も遊びに行った仙台空港近くに2014年夏、引っ越した。会える気がして、何時間も飛行機を眺めたこともある。「ゆうはかくれんぼをしていて、どこかで私のことを笑って見ているのかなと。でも、見つからないので、気持ちを整理することができない」

 最近、ゆうちゃんと過ごした日々を振り返ることができるようになった。実家の両親や姉と集まると、思い出話に花が咲く。ゆうちゃんの将来の夢は「テントウムシになること」。三浦さんが乗っていた黄色い車を「バナナぶっぶ」と名付け、いろんなところに一緒に出かけた。「生きた時間は短いけれど、今でもゆうはみんなのアイドル。ゆうの存在は私たちの心の中にある」【喜屋武真之介】

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