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跡に新たな外堀 「本格的な城」裏付け

 京都大防災研究所(京都府宇治市)などの共同研究チームは10日、豊臣秀吉が造営した邸宅「聚楽第(じゅらくだい)」跡(京都市上京区)で、人工的な地震波による調査の結果、これまで存在が不明確だった外堀の概要や天守の位置が新たに判明したと発表した。チームは「聚楽第は単なる邸宅ではなく、本格的な城としての性格が強いことを裏付ける発見」と意義付けている。

     土で埋められた堀の跡は地盤が弱い恐れがあり、防災研は考古学の専門家と協力し、防災と城郭研究の両面から調査していた。昨年10月〜今年1月、現場の住宅街に地震計を設置。44測線計5・4キロに及ぶ地表で振動を起こし、振動の伝わりやすさの違いから堀の位置を推定した。

     チームによると、内堀は発掘調査や文献で存在が確認されている。外堀は南側と西側に一部あると推定されていたが裏付けがなかった。今回の調査では南側の外堀の存在を否定する一方、東、北、西側を広く外堀が囲んでいたと判断。南側がないことについては「未完成のまま壊されたのではないか」とみている。

     また、聚楽第図屏風(びょうぶ、三井記念美術館所蔵)などの絵図や文献でしか分かっていなかった天守の位置も、本丸の北西だった可能性が高いことが分かった。

     千田嘉博・奈良大学長(城郭考古学)は外堀について「秀吉から聚楽第を譲られた(おいの)秀次が秀吉との緊張感が高まったことを受け、造った可能性がある。両者の対立を象徴するものではないか」とみている。【川瀬慎一朗】

    聚楽第

     豊臣秀吉が関白就任後に造営を始め、1587(天正15)年に完成。豪壮な城郭風の邸宅で、後陽成天皇を迎え、徳川家康など有力武将に忠誠を誓わせるなど政権基盤の確立に利用した。関白を継いだおいの秀次に譲ったが、実子・秀頼が生まれると謀反の疑いをかけて秀次を切腹させ、95年に聚楽第も破壊した。

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