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ユニバーサルスポーツ特集 シッティングバレー 世界へアタック 金本絵美選手「人生のプラスに」

サーブを打つシッティングバレーボールの金木絵美=兵庫県姫路市で、梅田麻衣子撮影

 座りながらプレーする障害者スポーツのシッティングバレーボールで女子日本代表を引っ張っているのが、金木絵美(34)=野村証券=だ。骨肉腫の手術を乗り越えて、19歳で競技を始め、女子日本代表が初出場した2008年北京パラリンピックで主将を務めた。仕事、家事、育児に競技とこなし、20年東京パラリンピック出場を見据えている。【小林悠太】

    競技とともに仕事、家事、育児も全力

     左脚には今もプレートが残り、少し引きずりながら歩く。しかし、シッティングバレーボールのコートに入れば関係は無い。床に尻を付けたまま、両手と右足を駆使し、トスにレシーブに動き回る。身長158センチは代表でも2番目に小柄だが、03年から代表入りして経験も豊富だ。

    チームメイトと喜ぶ金木(右)=兵庫県姫路市で、梅田麻衣子撮影

     地元の商業高校を卒業し、念願だった金融機関に就職した直後の悪夢だった。左太ももの筋肉痛のような症状が続き、ひどくなるばかり。4月に仕事を始めて約10日後、大学病院に入院。精密検査を受けた夜、医師から「骨肉腫という骨のがんです」と告げられた。両親は涙を流したが、知らない病名に現実感が湧かない。「会社をやめないといけないの?」とつぶやいた。

     中学ではバレーに励み、スポーツが大好きだった。「走れなくなるのかな……」。抗がん剤治療では一日中、激しい吐き気が続いた。朝から晩まで世話してくれる母千代子さん(66)の様子を見て、「私が元気でいないと」と明るさだけは失わないようにした。

    チームメイトと気合いを入れる金木(中央)=兵庫県姫路市で、梅田麻衣子撮影

     手術は成功し、約10カ月で退院した。左膝が曲がらないようにした装具をつけていたが、すぐ「スポーツがしたい」と母に告げた。市の広報で神戸市障害者スポーツ振興センターで開かれるバドミントン教室を知り、退院から3カ月後に参加。そこで指導員から「足が悪くても座ってやれるバレーがあるよ」と誘われ、その翌日にはシッティングバレーの練習に飛び込んだ。

     中学時代にバレー経験があっても、座りながらのプレーは全く別物だった。膝や足首の反動を使えず、球が飛ばない。それでも2時間の練習は「楽しくて、あっという間だった」。付き添いで来た母から「とっても笑っていたよ」と驚かれ、週1回の練習に欠かさず通うようになった。

     期待の若手として代表にも参加した。合宿や遠征の参加費、ユニホーム代は自腹だ。それでも、代表の先輩には骨肉腫の経験者が多い。皆、言わないが再発の恐れを持っている。月1回の代表合宿に参加して、先輩たちと話すのが心の安らぎで楽しみだった。08年北京パラリンピックは直前に仲間が病死。悲しみに暮れ、主将として「精神的にガタガタで、まとめられなかった」と振り返る。

    06年から務める野村證券高槻支店では、マーケティングを担当。上司からは「パソコンが得意で助かる」と評価されている=大阪府高槻市で、小林悠太撮影

     野村証券高槻支店には06年4月から勤務している。パソコンのスキルを生かし、資料の作成やデータ分析、支店独自で作る月報のデザインを担当して、力を発揮している。国際大会の時は、長期休暇を取ることになるが支店の同僚から「快く送り出してもらっている」と感謝する。06年に結婚して09年に長男力玖(りく)君(6)を出産。仕事、育児、トレーニングの毎日となった。力玖君と遊びながら腹筋や腕立てに励み、北京パラリンピックの頃に着ていたスーツは着られなくなるほど上半身に筋肉がついた。再挑戦となった12年ロンドン・パラリンピックでは初勝利を含む2勝を挙げた。

     シッティングバレーを通し「左脚を使えないマイナスより、使える右脚をどう生かすか考えるようになった」という。多くの人と出会い、講演やイベントも参加して「人生としてプラス」と言い切る。代表選手には40代もいるため、自らも「できる限りチャレンジしたい」。20年東京パラリンピックも、通過点なのかもしれない。

    シッティングバレーボールとは

     シッティングバレーボールは、尻から肩までの一部が床と常に接触していないといけないルール。1956年、オランダでリハビリなどとして考案され、日本では92年に初めてチームが結成された。

     6人でローテーションを行い、3回以内に相手コートに返球する点はバレーボールと同様。ネットは男子が1.15メートル、女子が1.05メートル。目線の高さを球が飛び交うため、ラリーのテンポは通常のバレーボールより速い。

     国内大会では、障害の有無にかかわらず出場可能。日本パラバレーボール協会によると国内の競技人口は約1000人。協会登録は約250人で、そのうち障害者は35%だ。

     女子日本代表のパラリンピックの成績は、2008年北京大会で8位、12年ロンドン大会で7位だった(ともに8チーム参加)。リオデジャネイロ大会の予選を兼ねた14年のアジアパラは3位で出場権獲得は持ち越し。世界最終予選(今月17〜23日、中国)に出場したが、3勝2敗に終わり、上位1チームに与えられる出場切符獲得はならなかった。男子も世界最終予選で敗退し、リオデジャネイロ大会は男女そろって出場できなかった。

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