メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ニュース解説

新アプローチの行方は=田中洋之(オピニオングループ)

行き詰まりの北方四島 日ソ国交回復60年で進展するか

 日本とソ連(当時)の戦争状態を終わらせ、国交を回復させた1956年の日ソ共同宣言(56年宣言)から今年で60年。平和条約締結後の歯舞群島、色丹島の引き渡しを規定した56年宣言だが、条約交渉は進展が見られず、ソ連を引き継いだロシアが国後島、択捉島を含む北方四島の実効支配を続けている。今月6日の首脳会談で安倍晋三首相とプーチン大統領が合意した「新たなアプローチ」は、停滞する領土問題に突破口を開くことができるだろうか。

    かけ離れる歴史認識

    日ソ共同宣言に調印する日ソ両国全権。机の前にすわっている左が鳩山一郎首相、右がブルガーニン首相=1956年10月19日

     「56年宣言が第1優先に掲げているのは平和条約の署名だ。その次に、可能性として、返還ではなく善意のジェスチャーとして2島(歯舞、色丹)の引き渡しがある」。ロシアのラブロフ外相は今年1月、内外400人超の報道陣を集めた年頭会見でこう強調した。4島を「固有の領土」とする日本に対し、ロシアは「第二次大戦の結果、領有した」と主張する。「戦争に負けた日本が2島を望むなら、平和条約で4島をロシア領と認めるのが先だ」というわけだ。60年前に領土で折り合えなかった両国の歴史認識や法的立場は、今も大きくかけ離れている。

     56年宣言は両国の議会が批准し、法的拘束力を有する国際条約だ。しかしソ連は60年、日米安保条約改定に反発し、2島引き渡しの条件に「日本領土からの全外国軍隊撤退」を一方的に加え、さらに「両国間に領土問題は存在しない」とした。長年“無視”されてきた56年宣言の有効性を認めたのはプーチン大統領だった。

     プーチン氏は1期目の大統領に就任した2000年の9月に訪日し、ゴルバチョフ・ソ連大統領、前任のエリツィン大統領が避けてきた56年宣言の確認に踏み込んだ。01年3月には森喜朗首相とプーチン大統領が56年宣言を「交渉の出発点」とするイルクーツク声明で合意した。さらに森首相は、56年宣言に基づく歯舞、色丹の返還交渉と、残る国後、択捉の帰属問題の交渉を同時に行う「並行協議」を提案した。

     日本は「4島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶ」とした93年の東京宣言(細川護熙首相とエリツィン大統領が合意)を基本方針としてきた。ただ56年宣言をベースにすると「歯舞、色丹だけ」の返還に終わるとの懸念もあり、01年4月に小泉政権が発足すると、対露外交をめぐる深刻な政治混乱も絡んで「段階的解決論(2島先行返還論)」は立ち消えとなった。外務省欧亜局長としてイルクーツク合意に関わった東郷和彦・京都産業大教授は「止まっていた交渉が実質的に動き出したのに、日本は好機を自ら壊してしまった」と振り返る。プーチン大統領はその後、対日姿勢を硬化させた。袴田茂樹・新潟県立大教授(現代ロシア論)は「日本の指導部の一部がロシア側に『56年宣言を認めれば2島で手を打つ』という間違ったシグナルを送っていたのが一因だ」と指摘する。

    打開策さぐる安倍氏

     かつて日本は、領土問題が進まなければ経済協力に応じない「政経不可分」の強硬論をとっていたが、冷戦崩壊後は「拡大均衡」「重層的アプローチ」を打ち出し、ロシアとの関係改善を通じて領土返還を目指した。ソ連は91年4月のゴルバチョフ大統領来日時に、4島を交渉の対象とする共同声明に署名。両国間の文書に国後、択捉が初めて書き込まれた。日本も、4島の日本への帰属が確認されれば、実際の返還の時期、様態、条件については柔軟に対応する方針を決め、それまでの「4島一括返還」から転換した。

     日本は98年、北方四島の北側に国境線を引き、ロシアの施政を当面、合法と認める「川奈提案」を出した。「ロシアは4島を不法占拠している」との主張を事実上取り下げる譲歩案だったが、ロシアはこれを拒否した。日本からはその後、4島の「面積等分論」や、択捉を除く「3島返還論」が取りざたされ、迷走を重ねた。

     こう着した日露関係は、12年5月にプーチン氏が大統領に、同年12月に安倍首相が政権に復帰し、再び動きを見せる。ウクライナ危機で日本は欧米の対露制裁に同調しロシアの反発を招いたが、対露関係強化に取り組む安倍首相はプーチン氏との接触を続けた。

     今月6日のロシア南部ソチでの首脳会談で示された新アプローチによる領土交渉も、安倍首相が提案した。具体的な中身は明らかにされていない。ロシアが関心を示す極東地域での経済協力や、台頭する中国や核開発を進める北朝鮮をにらんだ安全保障面の連携をテコに打開したい考えといわれるが、幅広い関係構築を通じて領土を動かそうとする手法は決して新しいといえない。このため、「領土を当面、棚上げするもの」「歯舞・色丹の返還と、国後・択捉の継続協議による妥協を念頭においている」といったさまざまな臆測を呼んでいる。

     また、ロシアではガルシカ極東発展相が「日本は領土要求と経済協力の二つの問題を初めて切り離した」と発言するなど、日本の“方針転換”を歓迎するような反応が出ており、新アプローチの真意が問われそうだ。

    カギ握るプーチン氏

     領土問題解決のカギを握るのは、プーチン大統領といわれる。12年3月に「引き分け」による決着を呼びかけたプーチン氏の本音はどこにあるのか。

     袴田教授は「ロシアが56年宣言を認め2島論まで譲歩したのだから、日本も4島を主張せず、まずは56年宣言まで譲歩しなさい、ということだ。両国外務省は領土問題を語り尽くしており、あとは首脳の政治決断しかないが、プーチン氏は『いずれ妥協できる。絶えることのない話し合いが必要』と人ごとのように言っている。問題を未解決のままにして、日本から経済協力などを引き出そうとする引き延ばし作戦だ。クリミア編入で“失った領土を取り戻した偉大な大統領”として支持率を上げ、南クリル(北方領土)はロシア領と主張するプーチン氏が、日本に北方領土問題で簡単に譲歩できる状況ではない」と分析する。

     一方、東郷教授は「プーチン氏は最初に森首相と会ってから今日まで『自分は領土問題をやるつもりだ』と一貫して言い続けている。プーチン氏は大統領になってから中国、ノルウェーなどと国境線を画定してきた。最後に残る日本との国境線を画定するのはプーチン氏にとって魅力的な目標だ。相手の強い大統領が『引き分けでやろう』といっているのに、日本がそれを疑って交渉をやらないのは間違いだ」と話す。

     日露首脳は9月に極東ウラジオストクで再び会談し、延期されてきたプーチン大統領訪日の年内実現も視野に入れる。北方領土交渉は国交回復60年の節目に、一つの山場を迎えているのは間違いない。


     ■ことば

    日ソ共同宣言

     1956年10月に鳩山一郎首相とソ連のブルガーニン首相がモスクワで署名し、同年12月発効した。第9項で、ソ連は平和条約締結後に「日本の要望にこたえ、かつ日本の利益を考慮して」歯舞・色丹の2島を引き渡すと明記している。日ソは当初、平和条約を目指したが、領土問題で合意できず、とりあえず共同宣言で国交を回復し、条約交渉を継続することにした。署名の2カ月前、重光葵外相は「ソ連が提案した2島での妥協もやむなし」と考えたが、ダレス米国務長官から「国後・択捉をソ連領と認めたら、沖縄を返さない」と“恫〓(どうかつ)”されたと伝えられる。

    毎日新聞のアカウント

    話題の記事

    アクセスランキング

    毎時01分更新

    1. 日産会長逮捕 ゴーン神話「数字の見栄え良くしただけ」
    2. ゴーン会長逮捕 日産社長「私的流用、断じて容認できない」 会見詳報(1)
    3. 高校野球 誤審で甲子園行き明暗…終了一転逆転 岡山大会
    4. 全国高校サッカー 県大会 西京、5年ぶり全国切符 高川学園の猛攻しのぐ /山口
    5. 日産 ゴーン会長を解任へ 「会社資金を私的に流用」

    編集部のオススメ記事

    のマークについて

    毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです