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米、反日意識鼓舞狙う?

日本植民地支配の矛盾探る

 「日本に教育された朝鮮の若者は親日か、それとも一皮むけば反日か」「連合国(の米国・英国・中華民国3首脳)が将来の朝鮮独立に合意した(1943年の)カイロ宣言を知っているか」−−。米軍が朝鮮人捕虜向けに用意した尋問は、日本の植民地支配の矛盾を探り、戦後の朝鮮統治の選択肢も検討した周到なものである。【岸俊光】

 「『帝国』日本の戦争に翻弄(ほんろう)された最底辺の人々の様子が生々しく伝わってくる。尋問調書は、捕虜が当時の認識を自由に述べた点に、特に価値がある」

 アジア女性基金資料委員会の委員を務め、調書の全容を突き止めた浅野豊美・早稲田大教授は、資料の価値をそう説明する。

 捕虜の回答が米国立公文書館で見つかったのは19年前。河野洋平官房長官談話が93年に発表され、それを受けアジア女性基金が95年に発足して、韓国向けの「償い事業」が開始された頃だった。資料委員会では当時、この調書はそれほど関心を呼ばなかったという。

 「のちに問題になる強制連行の偽証や業者の役割、家父長制的な社会の女性抑圧などは十分取り上げられず、日本の植民地支配下にあった朝鮮人の認識を示す、文書の重要性が見過ごされていた」

 だが、今年3月に回答と対になる米軍の質問が見つかり、尋問の狙いが鮮明になった。

 捕虜3人の日本名も別の文書で判明。そのうち1人は25年、朝鮮・慶尚南道生まれで、存命の慰安婦とほぼ同世代であることも分かった。この人物は44年8月4日に北マリアナ諸島のテニアン島で、別の1人は44年6月22日に同諸島の中心地のサイパン島で、米軍の捕虜になっていた。

 尋問内容は、朝鮮の出生地から国内外への移動、軍事修練、強制労働、朝鮮人慰安婦についての認識、日本への不満、親日派に対する感情、国連による信託統治の可能性、戦後の朝鮮人の指導者候補など、30項目に及ぶ。

 尋問場所は米カリフォルニア州。戦後まで存在を秘匿されてきた「トレイシー」と呼ばれる尋問センターである。

 調書はワシントンの陸軍省に報告された。事前にハワイで尋問を受けた可能性もある。

 「米軍は戦争を早く終わらせるため、日本の残虐行為を探して、反日意識を鼓舞しようとした。朝鮮民族でありながら日本国民であるという朝鮮の人々の意識を破壊し、米国の戦後占領を受け入れる手段にしようと考えたのだろう」と浅野教授は語った。

◇アジア女性基金資料委員会◇

 慰安婦問題の解決を目指すアジア女性基金が、「償い事業」と並ぶ歴史の教訓とする事業として、「慰安婦」関係資料委員会の名称で1996年に設置した。顧問と委員計12人。委員長は高崎宗司氏、副委員長は和田春樹氏。秦郁彦氏や波多野澄雄氏らも加わり、陸軍省医事課長文書、沖縄県の資料、米国、オランダの公文書などを調査した。だが、委員の論文を巡る対立から報告書は99年の1回で終わった。他に歴史の教訓とする事業の一環として、慰安婦関係文献の書誌目録や政府調査資料集全5巻の出版も行ったが、今回の文書は収められていない。

 強制連行なかったこと裏付け…政府の河野談話検証チームの委員を務めた現代史家の秦郁彦さんの話

 もし朝鮮女性を強制連行すれば治安を保てなかっただろうという日本側の証言が残されている。「強制動員すれば朝鮮人は憤怒して立ち上がる」という捕虜の調書は、官憲の強制連行がなかったことを改めて裏付けるものだ。この調書については私も著書で紹介したが、原資料が失われていた。それが見つかったのはよかった。

 調書は全体に、日本の統治を朝鮮人がどう見たかを示している。

 米軍は日本上陸をにらみ情報が欲しかったのだろう。日本は捕虜になった時の教育をしなかったから、捕まるとよくしゃべった。捕虜が最初に集められたと思われるハワイの状況を調べるのも重要だ。

朝鮮統治を一定程度模索か…韓国現代史が専門の木宮正史・東京大教授(国際政治学)の話

 米国は当初、対日戦の勝利を優先し、朝鮮の戦後構想をあまり持っていなかったといわれる。しかし今回の文書からは、米国が捕虜を通じて朝鮮統治をある程度模索した様子がうかがえる。日本の統治を全て破壊し、混乱させてはまずいと米国は考えた。むしろ日本の経験を生かしながら、朝鮮の人々の声をくみ上げ、違いを出そうとしたのだろう。

 慰安婦の記述では、強制連行があれば朝鮮の男は反抗したはずという後段が重要だ。女性を救えないのは男の恥で、強制など認めたくないと考えた側面もあるのではないか。今も残るその感覚が慰安婦問題の顕在化を遅らせたといえる。

強制や非人道性、浮き彫り…慰安婦問題の著書がある熊谷奈緒子・国際大准教授(国際関係論)の話

 植民地の見えざる強制や非人道性が、捕虜の証言から浮かび上がる。尋問時期は、降伏後のドイツ管理や国連創設を協議した1945年2月のヤルタ会談が終わった後のことだ。対日戦勝利を視野に入れ、米国に協力的な戦後の朝鮮人指導者を探していたのかもしれない。日本が負け戦を続ける背景を、植民地の調査から知りたかったとも思われる。

 慰安婦については、捕虜の1人が慶尚南道の出身である点に注目したい。慰安婦の出身地や居住地は慶尚南道が多いという研究成果がある。同じ地方出身の捕虜が組織的な強制連行は少なくともあり得ない、と述べた意味は小さくないだろう。

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