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国際化する「JUDO」に対応 科学と情熱でリオ五輪に挑む

井上康生さん=金澤亮さん撮影

 間もなく開幕するリオ五輪に柔道男子の監督として臨む井上康生さん。ロンドン五輪では金メダルなしの結果に終わった「お家芸」の立て直しを図る一方、東海大学体育学部武道学科准教授という顔も併せ持つ。研究テーマは「グローバル化の荒波に遅れをとらない、柔道における国際的視野をもつ教育法、指導法」。その研究成果は学生はもちろん、五輪代表選手への指導にも生かされている。井上さんに柔道への思いと五輪への意気込みを聞いた。【聞き手・佐藤岳幸】

    ――柔道全日本男子の今年のスローガンは「開花」。どのような思いを込めたのですか。

     2012年11月から監督を務めていますが、「大輪の花を咲かせたい」という思いを込め、「開花」というスローガンを掲げました。「大輪の花」とは、リオデジャネイロ五輪に出場する全ての選手が自身の最高のパフォーマンスを発揮し、最高の結果を出すことです。コーチとして挑んだロンドン五輪では、男子柔道の歴史の中で初めて金メダルゼロという屈辱を味わいました。コーチとして指導に当たっていた私自身も強い責任を感じています。代表監督に就任以来、ロンドンで味わった屈辱を雪辱に変えたいという思いで精進してきました。五輪での屈辱は五輪でしか晴らせない、リオデジャネイロ五輪では、この4年間で積み上げてきたことを全て出し切るつもりです。

    ――昨年の世界選手権の好成績から、リオ五輪での期待が大きいかと思います。今回は監督として迎える大会になりますが、これまでどのようなことに取り組んできたのでしょうか。

     五輪の種目の中で、日本が発祥の競技は柔道しかありません。1964年の東京五輪から「勝って当たり前」という厳しい環境の中でメダルを取り続け、地位を維持してきたからこそ、日本柔道に対する誇りを持つことができているのだと思います。今後も日本柔道の代表という誇りをもって戦っていけるようなチームにしていきたい。選手にも常にそういう話をしています。

     勝負事ですから、戦ってみなければ結果は分かりません。ただ、全階級とも高いポテンシャルを持った選手がそろっていますので、自身の力を最大限に発揮できれば、素晴らしい結果を残してくれると信じています。技術的な面はもちろん、人間的にも成熟してきていて、頼もしく思っています。選手、コーチ、監督では、五輪に挑む気持ちは違いますが、今は監督として、全ての選手が最高のパフォーマンスを発揮できるような環境を整えられるように心掛けています。

     また、同じ指導者でもコーチと監督では重みが違います。特に五輪では柔道で負けてしまうと、「日本が負けた」とまで評されてしまいますので、選手やコーチの時とは比べものにならないほどの大きな使命感と責任感を感じています。言い方を換えれば、監督はそれだけやりがいのある仕事でもあります。プレッシャーが大きいのはそれだけ期待されているということでもあり、五輪という大舞台で素晴らしいスタッフ、選手と共に戦えることは、この上ない名誉であり喜びです。

    柔道と「JUDO」

    ――東海大学では「グローバル化の荒波に遅れをとらない、柔道における国際的視野をもつ教育法、指導法」をテーマに研究されていますが、内容について教えてください。

     現在、私は体育学部武道学科に所属していますが、柔道創始者の嘉納治五郎先生や、東海大学創設者である松前重義先生の思いでもある「スポーツ、武道、柔道を通じて社会に貢献していくこと」が大切だと考えています。つまり柔道で学んだことをどのように社会の中で生かしていくかということです。

     柔道も漢字の「柔道」と、アルファベットで表記される「JUDO」は違ってきています。「JUDO」は世界の格闘技の複合体のようになってきていて、学生と共にその型や技術の変遷について研究しています。私の科学的な観点は、北京五輪後の2年間の海外留学生活での「気づき」によるものです。海外の選手と比較すると、日本の選手は、練習量は圧倒的に多く、2倍以上あると思います。しかし、ロンドン五輪ではあのような結果となりました。そこに何があるのかを自分なりに分析すると、海外の選手は「効率的」な練習をしていたからではないかという結論に至りました。

     日本では、試合中に想定外のことが起きても動じずに対応できる精神力や体力をつけるという考えの下で、精神面に重きをおいた非効率的な練習を行うのが専らです。それはそれで必要であるとは思いますが、あまりにも精神面に偏り過ぎると、実際の試合に生かすことができないのではないかと気づいたのです。日本での典型的な練習は、「5分×10本」とか「6分×20本」とか漠然としたものでした。しかし、海外では「こういう組み手になったらどう対応するか」など、とても具体的に細かく指導していました。

     また、海外では「大会も練習の一環」という感じで、多くの選手が国際大会を通して実践的な力をつけ、効率的に自分たちの柔道を作り上げています。それと同じことを日本人選手がしていたら、一つの大会にかける労力が肉体的にも精神的にも外国の選手とは違うため、心も体もつぶれてしまいますが、日本でも効率性を取り入れれば、競技力も上がると思います。

     日本で始まった柔道ですが、海外のライバルの良い点を取り入れる柔軟性は非常に大切だと考えています。その一例として、全日本の練習でロシアの格闘技「サンボ」などを取り入れています。ロンドン五輪の73kg級決勝で、中矢力選手が背負い投げをしたところ、ロシアの選手にそのまま十字固めに入られてしまいました。この動きはそれまでの柔道には無い、まさにサンボの技術だったのです。サンボの他にも、海外にはジョージアの「チタオバ」や「モンゴル相撲」など、各国独自の格闘技があり、その技術を柔道に生かして、特色ある柔道を展開していると感じています。

     今、世界で戦っていく中で、「こんなのは柔道じゃない」などと言っていると新しく展開されている「JUDO」に対応できません。それを研究し吸収していかないと勝てない時代になっていると実感しています。柔道の技の一つに「肩車」がありますが、これも嘉納先生が他の競技から取り入れた技であることからも分かるように、柔道はそもそも柔軟性を持っていた競技といえます。「過去がこうだったから」では対応できない。柔軟な発想で、先を読み取る力が必要になってくると思います。

     また、柔道の競技の特性として「受け身」や「減量」があります。受け身は自分の身体を守る技術であり、柔道をしていなくても受け身の技術を身に着けていれば、万が一の事態に対応することが可能かもしれません。減量についても、無理なダイエットを行うのではなく、科学的な機器なども使って効率的で健康的な減量法について研究しています。こういった分野でも、大学の教育や研究の成果を社会に還元できればと思っています。武道は精神性を重んじていますが、これからはもっと科学的な知見で分析していけば、さらに面白い〝宝〟が見つかると思います。

    五輪への意気込みを語る井上さん=金澤亮さん撮影

    「勝ち負け」だけではなく

    ――コーチや監督、そして教員というさまざまな立場で柔道に関わっていますが、選手時代に比べ、柔道に対する思いや考えは変化していますか。

     選手の時の思いは「誰よりも強くなりたい」でした。「最強でいたい。全ての大会で優勝する」といういちずなものでした。指導者になった今、目標に掲げているのは、「最強かつ最高の選手」です。「最強」は誰よりも強い選手ということで、その根本は変わっていませんが、今後の柔道の発展、さらに言うなら少子化の中でも存続していくためには、ただ「勝ち負け」だけの価値観の競技ではいけないと思っています。柔道を通じて学んだことを基に、いかに社会に貢献していくのか。みんなが応援してくれるような人間、みんなが憧れるような「最高の選手」になる。そういう価値観が非常に大切になっていくと思います。

     社会に貢献するということは、柔道に関わった人がそれぞれの分野で活躍することだと思います。私の場合は、選手としての競技生活は終えましたが、教員として「人を育てる」という何よりも尊いことに尽力しています。柔道を通じて培った使命感を持って、さまざまな分野のリーダーを目指す後進を育成すべく、全力を尽くしたいと考えています。

    ――学生、若者に対してメッセージをお願いします。

     私は大学3年の時に母を、2005年には兄を亡くしています。「人生で大切なことは何か」と考えると、健康で一日一日を大切にがむしゃらに生きていくことだと思っています。この世に生を受けたからには、中途半端ではなくそれぞれの目標に向かって一生懸命生きる。その結果、いろいろな道が開けてくると思います。そういう気持ちを大切に頑張ってほしいと思います。

     若い人と言っても、私もまだ38歳なので、「近ごろの若い者は」と言う気にはならないのですが、懸念しているのは「人間味」の欠如ということでしょうか。携帯電話やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などのコミュニケーションツールが発達する中で、人と人が触れあって何かが生まれる、何かを判断する、そういった場面が少なくなってきているように感じます。指導の場においてもそう感じることがありますが、人が協調して生きていくには、こうした人との触れ合いが大切だと思います。

     代表選手とも連絡事項の伝達にはSNSも使っています。ただ、「大切な用件は、まず電話するように」と伝えています。もちろん、SNSや電子メールで効率よく情報を伝達することは必要なことです。しかし、同時に失われることもあるのではないでしょうか。私は選手たちと一緒に食事をする時間なども大切にしています。時にはお酒を飲みながら、柔道抜きで腹を割って話す時間も作っています。そうしたことは、「選手強化に必要なのか」という議論はあるかもしれませんが、私は必要だと考えています。そういう過程で信頼関係も生まれ、一人の人間としての絆が深まっていくと考えています。

     いのうえ・こうせい 1978年宮崎県出身。東海大学付属相模高等学校を経て、東海大学体育学部武道学科卒業。同大学大学院体育学研究科修士課程修了。同大学大学院文学部コミュニケーション学科専攻博士課程満期退学。切れ味の鋭い内股を武器に、大内刈、大外刈、背負投などを得意とする攻撃型柔道で数々の結果を残した。2000年シドニー五輪100キロ級で金メダルを獲得。09年から2年間、英国に留学。帰国後、全日本柔道男子強化コーチ、同監督を務める。

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