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<記者の目>大阪人権博物館 閉館の危機=戸田栄(大阪編集局)

閉館の瀬戸際にある大阪人権博物館。同館ホームページには支援の方法が書かれている。27日午後2時から同館で支援集会も行われる

負の歴史、気づきの場

 人権問題の資料には、両刃の剣となるものが多数ある。例えば、部落問題では古地図。被差別部落の位置が記され、そこから専門家は部落の歴史的位置づけを読み解く。しかし、所在地を明かすから悪用する人も出てくる。こういう取り扱いが難しい資料の収集・保存、展示・公開に重要な役割を果たしてきたのが、1985年に国内初の人権問題の博物館として、財団法人の運営で開館した「大阪人権博物館」(リバティおおさか、大阪市浪速区)だ。もともと大阪府・市が公営博物館と見ていいほどの支援をしてきたが、姿勢を一転させ、現在は大阪市が敷地返還訴訟まで起こし、閉館の瀬戸際に追い込まれている。私は今後も同館が果たすべき役割は大きいと考えており、大阪市に再検討を求めたい。

     各地の部落の所在地を集めた本が出版され、企業などが少なからず購入する時代があった。入社志望者の本籍地等と照合し、就職差別に使われた。興信所なども買い入れ、結婚時の差別に悪用した。この種の本は部落地名総鑑と呼ばれるが、75年以後の廃絶運動の結果、ほぼ姿を消していた。しかし、ここ数年、インターネット上で類似資料を公開する動きが出て出版も計画され、部落解放同盟などが訴訟を起こし、既に横浜地裁などが出版差し止めやホームページ削除の仮処分を決定している。また、このような憂慮すべき状況を背景に、自公民3党は前通常国会に部落差別解消法案を共同提出して継続審議となっている。

     同館では、専門家による人権問題の研究会が頻繁に開かれている。先月の朝鮮半島の被差別民の研究会では、この問題での戦前の人類学者の収集資料について討議された。もう存在しない集落の写真など貴重なものも多いが、体格等のデータ収集まで行っており、「誤った発想に基づく調査で、発表は慎重に」と注文がついた。人権問題の資料には、こうした議論が欠かせない。

    差別と偏見研究、資料総数3万点

     ここまで部落問題を中心に例示してきたが、人権の総合博物館として在日コリアン、アイヌ民族、沖縄問題、ハンセン病、エイズ、水俣病など公害問題の資料を収集してきた。総数は3万点に及ぶ。

     民主主義社会確立のため、差別や偏見を研究してなくすことが重要なのは当然だが、入門者に資料はどういう意味を持つのだろうか。朝治武館長は「教科書で知る歴史は政治史であり、英雄たちの物語がほとんどです。しかし、人間社会は失敗もし、発展の中にゆがみを生じてきた。そんな負の歴史を同時に負っています。ここは、その気づきの場です」と語る。気づきは社会や個人に改善を促し、気づかぬことを恐れる慎重さも兼ね備えさせるのではないか。

     差別の罪を伝える資料ばかりではない。近世社会は、一定の被差別民に特定の職種を担わせていた。皮革関係はその一つだが、同館では伝統のなめし技術を紹介する。皮革は履物などの生活用品のほか、武具や太鼓、三味線などに欠かせない。日本の伝統技術には部落で育まれた技が重要なものも多く、現代の生活や文化へとつながっている。部落の産業や文化面での再評価を促すものといえる。

     同館はカースト制度など国外の差別問題にも目を向けてきた。アジアで、日本は伝統的差別の克服にいち早く取り組んできた。海外の差別に苦しむ人には、その歩みに学びたいという切実な声もある。

     これほどの博物館は全国的にほとんどなく、閉館はあまりに惜しい。ネット時代で、誰もが情報を発信できる時代だからこそ、気軽に足を運んで学べる場としても貴重だ。

    敷地返還求め、大阪市が提訴

     橋下徹氏が大阪府知事に就任後(その後、大阪市長に転身し昨年退任)、同館の苦境が始まる。2013年3月末、府市は展示内容などを理由に補助金を全廃した。学芸員や職員の削減、サポーターらの支援でなんとか持ちこたえたが、次に市は無償貸与してきた同館敷地の年約3000万円に及ぶ賃料を要求(建物は同館所有)。払えずにいると、15年7月、大阪地裁に提訴し、今も審理が続いている。

     最後に、その敷地の来歴を紹介しておきたい。同館のある地域は江戸時代から昭和にかけ、西日本の皮革流通の中心地で、野間宏の小説「青年の環」の舞台ともなった。地元有志らが土地の大半を市に寄付し、地域の子の小学校設立を求めた。この学校の移転後、跡地利用にふさわしいとして同館が設けられた。

     同館の現状にみられるような近年の人権行政・教育の後退が、ヘイトスピーチなどが横行する問題の一因になっていると思う。人権擁護を根幹に据えず、日本社会はどこへ向かおうというのか。

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