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岡崎 武志・評『少年少女のための文学全集が…』『意匠の天才 小村雪岱』ほか

◆『少年少女のための文学全集があったころ』松村由利子・著(人文書院/税抜き1800円)

 夏休み前に図書室から借り出した少年少女向け文学全集を、スイカの種を吐き出しながら、縁側に寝転んで読みふける。あれは黄金の時間であった。

 松村由利子『少年少女のための文学全集があったころ』を読むと、懐かしい自分の姿を思い出す。岩波、福音館、講談社など、各社が児童文学全集を盛んに出版していた時代があった。みんなそこで、読書の扉を開いたのだ。「膨大な書物の海に漕ぎだすための大まかな海図のようなものだったと思う」と、著者は言う。

 トールキン『ホビットの冒険』、キャロル『不思議の国のアリス』、ロフティング「ドリトル先生」シリーズ……ああ! 著者は甘いお菓子を食べるように、それらとの蜜月の日々を語る。またそれらが、翻訳者、挿絵画家、造本家などの手で大切に作られていたことに、大人になってから気づく。

 古本で探せば、意外に安く、懐かしい本と再会もできる。それは幼い自分との再会にもなるのだ。

◆『意匠の天才 小村雪岱』原田治・平田雅樹・山下裕二ほか著(新潮社とんぼの本/税抜き1600円)

 2009年に埼玉県立近代美術館にて小村雪岱(せつたい)の大掛かりな展覧会が開かれた時、大きな話題となった。大正期にこれほど優美でモダンな美の世界を築き上げた人がいたことに、みな驚いた。

 原田治・平田雅樹・山下裕二ほかによる『意匠の天才 小村雪岱』は、その「美の世界」を装丁、版画、化粧品や着物のデザイン、舞台美術など広範に紹介し、目にも見せてくれる。雪岱これにあり、と。

 特筆すべきは、やはり泉鏡花『日本橋』をはじめとする、書籍の造本、装丁の分野だ。多色木版画による函(はこ)、本体の表紙、見返しにいたるまで、繊細な神経が行き届いている。大正6年刊、鏡花『弥生帖』は、電子書籍なら108円で読めるが、美しさは届かない。

 原田治は「シャープで消え入りそうな極細の線描スタイル」を大いに珍重し、雪岱賛美に力が入る。邦枝完二『おせん』の挿絵では、人だかりの傘、傘、傘の中、チラリと「黒頭巾のおせん」を描く。これぞ「完璧」というものだ。

◆『ロッキング・オン天国』増井修・著(イースト・プレス/税抜き1500円)

 1990年から96年に、10万部を売ったロック雑誌があった。『ロッキング・オン天国』は、『ロッキング・オン』元編集長・増井修が、その熱狂を回顧する。ストーン・ローゼズ、U2、オアシスなど、独占インタビューをはじめ、マンガや読者投稿など、アナーキーな作りでロックな読者を盛り上げたのが著者だ。勢いとは凄(すご)いもので、写真が落ちて白抜きのまま雑誌が出たこともあるという。「でも別にかまわねーし」と、強気の語りをそのまま生かした文章が、それ自体ロックしている。

◆『兵士のアイドル』押田信子・著(旬報社/税抜き2200円)

 原節子、高峰秀子、李香蘭ら美貌のアイドルがグラビアを飾る慰問雑誌があった。今日の命をも知れぬ戦場で、その微笑(ほほえ)みと肢体を日本兵たちが心待ちにした。押田信子は、国会図書館でも揃(そろ)わぬ『戰線文庫』を苦心して閲覧、『兵士のアイドル』にて、雑誌が果たした役割とそこから見える戦争の真実を明かす。「アイドルが、大衆支持の最強の装置」であると、本書で気づかされる。国家体制となり、自粛ムードが支配的になる中、花柳界の女性たちの発言が収録されるなど、戦時下の資料としても貴重だ。

◆『音楽入門』伊福部昭・著(角川ソフィア文庫/税抜き760円)

 この夏、新作「シン・ゴジラ」の公開で、再び脚光を浴びる日本が生んだ怪獣映画「ゴジラ」。悲しく勇壮な音楽は、みなの耳に残るが、作曲者は伊福部昭。1951年に『音楽入門』で、現代音楽に至る、アカデミズムとは別な、独自の理論と音楽史を展開していた。本書はこれを復刊、75年時の伊福部へのインタビュー記事を付す。ゴジラの鳴き声は「コントラバスの絃を糸巻きからはなして、皮の手袋に松ヤニをつけて引っ張る」音が使ってある、などの打ち明け話が楽しい。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年8月28日号より>

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