毎日新聞
「猿人も木から落ちる」。そんな見出しが最近、紙面に躍った。記事は、約320万年前の初期人類「ルーシー」の死因を伝えていた。ビルの4、5階にあたる高さ約12メートルを超える木から転落死した、と▲ルーシーは、1974年にエチオピアで見つかった猿人の愛称だ。全身骨格の4割が残る。直立歩行する人類の祖先の中で、最も古く最も完全な化石と言われる。米国などの研究チームは、骨をすべてコンピューター断層撮影(CT)にかけ、8年かけて解析した▲彼女はどのように落ちたのか。チームの推測では、最大時速60キロ前後で足から地面に落ち、右前方に体が投げ出された。自らをかばって腕を伸ばしたが、肩や胸、腰を強打し臓器も損傷を負った。つまり全身打撲だ▲太古の骨がそこまで語るとは驚く。外敵を避け、夜は木の上で寝たと考えられるが、なぜ落ちたのか。手か足を滑らせたのか、地震などの急変があったのか。野獣に襲われたなら、食べられ骨はばらばらになるので、その可能性は低い。想像は尽きない▲そこへ思わぬ人が異論をはさんだ。ルーシーを発見した人類学者ドナルド・ジョハンソン氏だ。海外の報道によると「転落説の根拠である骨の亀裂は、死後に外部から地質的な力が加わってできたものだ」と主張している▲彼の著書「ルーシー」(どうぶつ社)にはこんなくだりがある。「ルーシーはきっと静かに死んだのだろう。(略)湖岸か小川の中で死に、すぐに砂に埋もれた」。すべてを知るのは彼女だけだ。記事にもあったルーシーの復元模型の写真を見ると、「ホッホッ」と笑っているように思えた。