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道鏡ゆかりの「由義寺」の瓦か

奈良時代後半の大量の瓦などが出土した東弓削遺跡=大阪府八尾市で2016年9月13日、加古信志撮影

大量に見つかる

 大阪府八尾市の外郭団体「八尾市文化財調査研究会」は15日、市内の東弓削(ひがしゆげ)遺跡で、奈良時代後半に作られたとみられる大量の瓦が見つかったと発表した。周辺には称徳天皇のそばで権力を握った僧、道鏡が関わった「由義(ゆげ)寺」や、西京と位置づけられた「由義宮」が所在したと伝えられる。瓦には平城京の興福寺や東大寺と同型のものが含まれ、専門家は由義寺の瓦と推定。寺の位置や規模の解明が進みそうだ。

     研究会は昨年12月に発掘を始め、八尾市東弓削と都塚一帯で破片を含む3万点近くの瓦を発見した。奈良文化財研究所が確認したところ、興福寺式軒丸瓦や軒平瓦と同じ木型で作られたものがあり、東大寺式軒平瓦と文様が似た瓦もあった。同研究所の今井晃樹主任研究員は「奈良以外で都の瓦が見つかるのは珍しい」と話す。

     遺跡がある地区は、道鏡の出自の弓削氏がいた地で、一族の氏寺「弓削寺」があったと伝えられる。称徳天皇の信頼を得た道鏡は法王となり、地区の周辺には由義宮がおかれ、弓削寺も由義寺として整備されたとされる。

     「続日本紀(しょくにほんぎ)」には、称徳天皇が由義宮を訪れ、770年には由義寺に塔が建設されたと記されているが、遺構は確認されていない。今回の瓦は、弓削地区に由義寺があったことを示唆。瓦の形態や量の多さから、平城京の大寺院に比肩する規模を有していたとも推測できる。

     滝浪貞子・京都女子大名誉教授(古代史)は「興福寺や東大寺の瓦を使えるのは、時の権力者だった称徳天皇や道鏡以外に考えられず、由義寺に使われた瓦とみて間違いない。新たな遺物、遺構が出土する可能性があり、期待したい」と話す。研究会は発掘を続け、由義寺の遺構などの発見を目指す。

     現地説明会は18日午後1〜3時、八尾市東弓削153の1の東弓削遺跡調査事務所で。【遠藤浩二】

    道鏡(どうきょう)

     奈良時代の僧。生年不詳。弓削氏の出身で、看病の功があったとして称徳天皇の信頼を得た。藤原氏の勢力が停滞する宮中で少僧都、大臣禅師と異例の出世を遂げ、765(天平神護元)年に太政大臣禅師に昇格。翌年に法王となった。称徳天皇が没すると権勢を失い、772年に死去した。

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