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Listening

<記者の目>パラリンピックに励まされ=鈴木美穂(特別報道グループ)

パラリンピックの入村式で、現地の人たちの歓迎を受ける日本の選手たち=リオデジャネイロで9月2日、徳野仁子撮影

何か、手伝えますか?

 リオデジャネイロ五輪での日本のメダルラッシュに沸いた8月中旬、私は転倒して左足先を骨折し、松葉づえや車いすでの生活を余儀なくされた。全治2カ月。突然のハンディキャップに苦しむ私を勇気付けてくれたのは、困難を乗り越えて晴れの舞台に挑んだパラリンピックの選手たちだった。一方で、これまでにない体験をしたことで、以前は見えていなかった街の課題にも気づかされた。

     骨折は初めてだった。幸いメスは入らず、ギプスで固めて回復を待つことになった。即日退院の前に、松葉づえの使い方を教わりにリハビリ室へ。松葉づえの歩行は、短時間なら平気だが、長い距離を歩くと両腕の筋肉が激しく痛む。階段の昇降では恐怖すら覚えた。「松葉づえさえあれば」と考えていた私にリハビリ療法士が諭した。「つえはあくまで補助具。50〜60メートルの歩行しか想定されていないんですよ」。予定していた出張は延期せざるを得なかった。

    小さな段差の不自由さ実感

     同じ日、車いすの操作も教わった。院内での移動は難しくなかったが、外に出ると全く勝手が違う。その日支払う診察代や薬代が所持金では足りず、数百メートル先のコンビニエンスストアの現金自動受払機(ATM)に向かうと、歩道は凹凸だらけ。至るところに継ぎ目があり、歩道と車道の交差部分には段差も。その都度、車輪がとられた。

     水はけのため歩道は車道に向かって傾斜しており、普通に車いすをこげば曲がってしまう。真っすぐ進むのに苦心していると、すぐ脇を自転車が猛スピードですり抜けた。「危ない」。思わず声が出た。

     病院に戻ると汗だくだった。会計後、痛み止めをもらうため、今度は近くの薬局へ。その入り口にあったスロープは勾配が急で、何度試みても上がれない。見かねた通行人が後ろから押してくれた。

     東京都内の自宅マンションに戻ってからも苦難は続いた。エントランスのスロープはゆるやかだが、道路とは10センチ以上の段差があった。車いすなら立ち往生していただろう。松葉づえで何とか乗り越えた。見慣れた街の風景は普段と全く別物だった。小さな段差がどれだけ不自由さをもたらすか、身をもって知らされた。

     自室のベッドで痛みやうっ血の苦しみが続く中、パラリンピックが始まった。さまざまなハンディキャップを負う選手たちの頑張る姿に背中を押され、週1〜2回は病院に通い、リハビリに精を出した。自宅から病院までは松葉づえ、病院内では車いすを借り、病院近くに用がある時は車いすのまま外に出た。

     街歩きをすると、あちらこちらにバリアフリーとはほど遠い現実が見えてきた。車いすでの往来に不安を感じさせる場所も見極められるようになってきた。近くの道路の一つは急勾配の坂が幹線道路に突っ込む格好で下っていて、車いすに勢いがついた場合、車道に飛び出てしまう危険性がある。電車やバスなどの公共交通機関には係員が乗降を手伝うサービスもあるが、十分とは思えなかった。駅構内にエレベーターがなかったり、車いすの動線が途切れていたりして、不便を感じた。

     2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、こうしたハード面の改善は急務だが、ソフト面、すなわち受け入れる社会の側にも課題がある。忘れられないのは、ギプスがとれた直後の9月中旬、松葉づえを自宅に置き、歩行訓練を兼ねて最寄り駅に立ち寄った時のことだ。手すりを使って慎重に階段を下りきった時、背後から若い女性がぶつかりそうになった。思わず身構えると、女性は「おっせーんだよ!」と吐き捨てるように言い、足早に去っていった。

    他者を思いやり共感する心重要

     ハード面の整備をどんなに進めても、そこに集う人たちに、他者を思いやり、共感する心がなければ、真のバリアフリーは実現できない。今夏のパラリンピックでは、明るく親切なリオの人たちが観光客や選手らと積極的に接する様子が報じられていた。

     この1カ月余、見知らぬ人の善意や支援に幾度となく救われた。車いすを押してもらえるだけではなく、スーパーでは「どれを取りましょうか」と買い物も手伝ってくれた。どの人の親切も何気なく、それでいて温かかった。

     私たちは4年後、国内外の人々を東京に迎える。今回の体験を通し、これまで以上に積極的に話しかけようと決意した。私自身、うれしかったからだ。以前なら「迷惑ではないか」とためらっていたが、断られたって構わない。「何かお手伝いできますか?」。まずはその一言から、私の東京五輪・パラリンピックを始めよう。誰かの心に、小さな勇気がともることを信じて。

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