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Listening

<米国トランプ現象・英国EU離脱>グローバル化、疲れた世界 歴史学者・トッド氏に聞く

エマニュエル・トッド氏

「大衆の反発は民主主義の復活」 「決定権を得るために」

 米大統領選の「トランプ現象」。英国の欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票。時代に逆行しているかに見える出来事が意味するものは何だろうか。多くの著書が注目されるフランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏に話を聞いた。【聞き手・小倉孝保外信部長、まとめ・隅俊之、写真・徳野仁子】

    トランプ現象やEU離脱を読む

     −−英国のEU離脱の動きや米国の「トランプ現象」は「ポピュリズム(大衆迎合主義)」だと言われますが、あなたはこうした現象を「グローバル化への疲れ」だと指摘しています。どういう意味でしょうか。

     グローバル化が行き過ぎると、人口のわずか1%の人々による特権化が起きます。英国のEU離脱やトランプ現象は、そうしたグローバリズムにはこれ以上耐えることができないという大衆の反発であり、「民主主義の復活」と分類することができます。高学歴のエリートと呼ばれるような人たちが、それを「ポピュリズム」だと言っているのです。

     ただ、エリート階級と大衆の衝突は本来はグローバル化が原因で起きるわけではありません。かつて、社会の衝突は、経済的な地位の違いが原因で起きました。しかし、今は教育レベルの違いが原因です。教育レベルがその人の経済的な将来を決めてしまうからです。

     現代では非常に多くの人々が高等教育を受けるようになりました。ところが、彼らは自分たちが社会的に高い立場にいると思い、大衆を軽蔑的に見ています。そして「上から目線」でポピュリズムを語っている。私は高学歴の大集団が、ある種の愚かさを生んでいると思うのです。

     彼らは本当のエリートとはいえません。大卒資格や博士号を持つことが悪いと言っているのではありません。むしろ、いいことでしょう。ただ、本当のエリートとは、社会の多くの人々に対して責任を負っているのだと自覚している人たちのことなのです。

     英国にはまだそうした人たちがいたと思います。EU離脱派を率いた保守党のボリス・ジョンソン氏は最上流階級のエリートです。英国では最上流のエリートの一部が大衆の側について国を再浮上させようとするのです。今回も、ジョンソン氏のような上流階級のリーダーたちが人々を率い、社会の分断を修復しようとしていると思います。

     −−英国のメイ首相は今月5日、保守党大会で演説しました。そこで、彼女はサッチャー時代からの「小さな政府」という保守党の政策を大きく路線転換させたと思います。どう評価しますか。

     非常に魅力的でした。まるで宇宙飛行士です。重力のない宇宙空間で、目指すべき惑星を見失い、そして最後に見つけたということでしょうか。この2016年に私たちが認識すべきことは、米欧の左派政党は今や「右派」になってしまっているということです。だから、従来の右派政党は自らのアイデンティティーの問題を抱えているのです。メイ首相の演説の理由もそこにあります。

     左派政党は、英国の労働党も米国の民主党もフランスの社会党もみな、グローバル化の恩恵を受ける高学歴のエスタブリッシュメントの単なる代弁者になってしまいました。つまり、アンチ「普通の人々」になってしまっているのです。左派が右寄りになれば、右派は存在意義を失います。別の何かにならなければならない。それは「普通の人々」にとって良い政党になるということ。英国第一主義や米国第一主義を掲げるなら、彼らは「普通の人々」への義務を負っていると言わなければなりません。

     −−英国人が疲れたのは「グローバル化」ではなく、EUの官僚主義や厳しい規制ではないかという指摘もあります。つまり、英国人の方がむしろグローバル化を求めているのではないのですか。

     それは違います。英国人がEUの官僚主義を嫌うのは昔からです。汚職の問題もありますし。人々がEU離脱を決めた理由はそうではなく、第一に彼らは英国のことは英国議会が決めるという「議会主権」に戻りたいということです。

     英国にとって「議会主権」は非常にこだわりのあるものです。EU本部があるブリュッセルでのあらゆる決断のプロセスは、英国議会の役割を破壊するものだと英国人には映ります。「議会主権」を取り戻すということはまさに「反グローバル化」の動きなのです。

     もう一つの理由は移民問題です。といっても、中東やアフリカからやってくる移民ではありません。英国の場合は多くはポーランドからの移民です。

     EUの基本的な枠組みを決めるルールは、人々は域内の国境を自由に行き来できることを定めています。フランス人が英国に行くのを、ポーランド人が英国に行くのを止める権利は誰にもないということです。しかし、これもグローバル化と深く関わる話です。

     私は「分別ある移民主義」が大事だと思っています。ある程度の移民受け入れは良いことです。ただ、国民が議論を重ねて何かを決断していく民主主義社会を機能させていくためには、国境をある程度コントロールできなければならない。でないと、無秩序な無政府状態に戻ることになってしまいますから。

     私はその意味で、英国人は非常に立派な決断をしたと思っています。

    日本の外交戦略

     −−米大統領選で民主党のヒラリー・クリントン氏が当選するより、共和党のドナルド・トランプ氏が大統領になる方が外交的には日本にとって良いのではとおっしゃっています。

     今年の夏、民主党の全国大会が開かれた時に米国にいたのですが、そこでは電子メールのハッキング問題などロシア批判ばかりが目立ちました。驚きでした。民主党内にはどこか冷戦時代の空気さえ漂っていました。今の民主党はロシアへの敵対心でいっぱいです。

     ロシアは欧州で孤立し、米国とも関係が悪い。ある国だけが助けてくれます。中国です。米国の外交政策がロシアと中国の結びつきを強めています。中国が南シナ海でなぜこれだけ攻撃的でいられるのか。ロシアの支援が背景にあるからです。

     クリントン氏は日本に対して「安心してください。日米同盟は変わりません」と言うでしょう。しかし、一方でそれは中国が南シナ海で逆に拡大を強めることになります。トランプ氏が大統領になれば日本に負担増を求めるかもしれません。しかし、ロシアからの圧力は減るか、無くなり、ロシアと中国の「同盟関係」も弱まることになります。

     日本がとるべき唯一の戦略的な可能性。まず、米国との強固な同盟関係を維持することは、もちろん大事です。それに加えて、ロシアと良い関係を築くことです。日本政府は米国政府に対し、ロシアとの関係を友好的なものに変えるよう助言すべきです。


     ■人物略歴

    エマニュエル・トッド

     フランスの歴史人口学者、家族人類学者。1951年生まれ。各地の家族システムの違いや人口動態を分析することで、ソ連崩壊や米国の弱体化などを予見してきた。近著に「問題は英国ではない、EUなのだ 21世紀の新・国家論」(文春新書)がある。

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