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東海大九州野球部の日々 熊本地震から半年/5止 野球ができる さあ再出発

日が落ちたグラウンドで自主トレをする東海大九州の広瀬

 明治神宮大会出場をかけた南部九州地区予選で敗れてから4日。熊本市東区の熊本キャンパスの中にある臨時のグラウンドは闇に包まれていた。その中で東海大九州野球部の広瀬隆哉(3年)は厳しい表情だった。「0−1で負けた悔しさは1年間忘れることはない。地震があって、野球ができる幸せを感じた。だからこそ、1秒たりとも無駄な時間はない」。4年生が抜けた新チームが始動した。

     広瀬は4月の熊本地震の後、福岡県筑後市の実家に避難した。そこでは自室に閉じこもりがちだった。「怖くて、早く忘れたかった。地震のことは話したくないし、(テレビなどで)見たくなかった」。地震直後、熊本県南阿蘇村の野球部寮にいた広瀬は、崩れ落ちた家々や多数のけが人などを目の当たりにした。夜が明け、チームとともに、けが人の救助活動や支援物資の搬送などで被災地を駆け回ったが、心に深くショックが残った。

     広瀬の実家での現実逃避は1週間続いた。そこで浮かんできたのは仲間の顔だった。「みんなの顔が見たかった。もう野球をやるしかないって心に決めた」。気づけば部屋を飛び出し、無心でバットを振った。

     「いつ、また野球ができなくなるか分からない。やれる時に一生懸命にやらないと」。練習再開後は、時間を見つけてはバットを振り続けた。その姿勢が認められたのか、オープン戦から4番を任された。

     今年は出場を辞退した春の全日本大学選手権は10度、秋の明治神宮大会は2度の出場を誇る東海大九州。OBには松岡健一や山中浩史(ともにヤクルト)ら多くのプロ野球選手を輩出している。現在のほとんどの部員は不自由のない環境で野球人生を過ごし、東海大九州が持つ歴史と環境にあこがれた。しかし、地震によって野球ができるのは「当たり前」ではないことを学ばされた。不安や重圧を口にすることをためらう葛藤とも闘った。半年がたって、ようやく真っ正面から向き合おうとしている。

     前主将の仲田浩樹は卒業までに、4年生全員で、地震後は訪れていない南阿蘇に行く計画を立てている。「怖い思いもしたけれど、やっぱり思い出が詰まった場所なので。(卒業して)別の道に行っても、みんな南阿蘇への思いは持ち続けます」。そして、新主将に就任した広瀬も誓う。「4年生の分まで、神宮に行きたい思いが強い。環境は変わったけれど、東海大九州の強さを引き継いでいく」【生野貴紀】=おわり

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