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田部井さん死去

女性登山家に道開く 7大陸の「頂」踏む

エベレストの頂上で日の丸を掲げる田部井淳子さん=1975年5月(女子登攀クラブ提供)

 国内外の数々の高峰の登頂に成功した登山家の田部井淳子さんが20日、亡くなった。女性登山家の草分けで、今年に入っても山登りを続け、生涯現役を貫いた。人なつこい笑顔でだれからも慕われ、テレビや著作を通して登山の普及や大衆化にも貢献した。

 小学4年の時、栃木・那須連峰に登ったことが登山家としての原点。「自分の足で頂上までたどり着いたのは強烈な印象だった」という。東京の昭和女子大に進学したが、なまりがコンプレックスで人と話すことができなくなってしまう。心配した友人に誘われ、定期的に山に出かけるようになった。

 遠征費用がなかなか集まらず、準備に4年を要して、1975年にエベレスト(ネパール)登頂に成功した。登山隊の一員だった北村節子さん(67)は「当時は『山に行く女性は変わり者だ』くらいに思われていたが、田部井さんは常に明るく、前向きだった。あの笑顔を見ると力をもらえた」と振り返る。

 75年は国際婦人年だったこともあり、女性初の快挙として世界的にも注目された。日本山岳協会の尾形好雄副会長は「エベレスト初登頂が田部井さんの人生を変えた。後年、ヒマラヤの環境保護活動に携わったのは、エベレストへの恩返しの気持ちが強かったからではないか」と話す。 その後もアフリカのキリマンジャロ(タンザニア)、南米のアコンカグア(アルゼンチン)、北米のデナリ(米国、2015年にマッキンリーから改称)、南極のビンソンマッシーフと、次々に各大陸最高峰を制した。92年にはオセアニアのカルステンツ・ピラミッド(インドネシア)と欧州のエルブルース(ロシア)に登り、女性では世界初の7大陸最高峰登頂を達成した。

 北村さんは「登頂が難しいときはあきらめる決断も早く、非常に合理的な考えの持ち主でもあった」と述懐する。自然にあらがわない冷静な判断力が、富士山を含め70カ国以上の最高峰・最高地点への登頂に成功した田部井さんを支えていた。

 今年7月には早大2年の南谷真鈴(まりん)さんが日本人最年少の19歳で7大陸最高峰登頂を達成。近年は「山ガール」と呼ばれ、気軽に山歩きを楽しむ若い女性も増えた。北村さんは「田部井さんの功績が大きいと思う。女性もアウトドアを楽しんで良いという空気を作り出し、社会参画できることを証明してくれた」。田部井さんがパイオニアとなって道を開き、女性が山を楽しみ、活躍している。【村社拓信、長田舞子、田原和宏】

 日本山岳協会・神崎忠男前会長 先月、田部井さんの喜寿のお祝いで集まったのが最後。つらそうだったが、きちんとした姿を見せようと気力を振り絞っていた。「日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト」(HAT−J)を設立した頃だったか、環境シンポジウムを開催した。(エベレストに初めて無酸素で登頂した)メスナーらトップクラスの登山家が多数集まったが、田部井さんの人柄と知名度があったからこそ。精力的に動き回る姿が思い出される。

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