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馬事公苑感謝Day 来月3日、改修閉苑前最後 乗馬、馬車試乗など

 <出かけてみませんか 毎日新聞社の催し>

     東京都世田谷区のJRA馬事公苑が東京五輪・パラリンピックに向けた大規模改修のため、今年いっぱいで長期休苑に入ります。同公苑は年間70万人が訪れる都市公園でもあり、11月3日午前9時半から、休苑前の最後のイベント「感謝Day」(毎日新聞社など後援)を開催して市民との別れを惜しみます。体験乗馬や馬車の試乗会、馬の演技、馬術の披露など家族で楽しめるプログラム。馬の癒やしの力を医療や福祉につなげる活動をしている団体による車椅子馬車の運行や講演会なども計画されています(詳しくは同苑のウェブサイトで=http://company.jra.jp/bajikouen/)。

     馬事公苑は2020年の馬術競技の会場として使用されます。公苑としての再オープンは22年夏ごろを見込んでいます。

    1940年落成、馬術競技聖地 五輪会場/騎手養成の歴史/皇室と関係深く

     馬事公苑ができたのは1940(昭和15)年。以来、76年にわたり馬術競技の「聖地」として、また市民の憩いの場として親しまれてきました。

     同苑は日本中央競馬会(JRA)の馬事部門の一つで、中央競馬会法で定められた業務のうち、馬術振興の活動に力を注いでいます。競技団体への会場無償提供や、市民が馬と触れ合えるイベントの開催などです。同苑の松岡尚志専門役、北村正明元普及課長によると、公正な競馬を実施するには幅広い馬と馬術の知識を持った人材が必要だそうです。その意味で、馬事公苑はJRAの競馬事業を支える役割も担っています。82年に競馬学校(千葉県白井市)ができるまでは騎手の養成も行われました。

     同苑は皇室との関係も深く、もともと明仁親王(現天皇陛下)の誕生を祝う行事の一つとして建設されました。陛下は皇太子時代の馬術競技大会への出場を含め、何度も苑を訪問。最近では2009年9月の「愛馬の日」に美智子さまとともに訪れました。

     一方、戦時中は陸軍の影響下に置かれ、東条英機首相ら多くの軍人が出入りした歴史もあります。日本馬術史で唯一の五輪金メダリスト、西竹一(バロン西、陸軍大佐)の愛馬ウラヌス号も同苑で余生を過ごし、硫黄島の戦いで西が戦死すると、後を追うように死んでいったという逸話も残っています。

       ◇

     2020年東京五輪・パラリンピックの会場に決まっている馬事公苑は、1964年の前回五輪でも馬術競技の会場として使用されました。日中戦争の拡大で幻となった40年五輪も含めると、3度目の開催地となります。

     ただ前回と違うのは、パラリンピックも加わること。同苑の寺西浩総務課長は、再オープンに向け「健常者も障害を持った人も、全ての人に楽しんでもらえる施設にできるよう、体制を構築していきたい」と話しています。


     t.jigyou@mainichi.co.jp

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