車を発進させて北へ向かった。富士山の方角だ。空は晴れているのに、今日の富士山は厚い雲に覆われて、裾野しか見えない。
親父が移された病室は、ナースステーションのすぐ脇の二人部屋だ。同部屋のもう一人は体に何本ものチューブやコードを繋がれた、自身が生命維持装置の一部に見える超高齢の老人。「ナースステーションの近くに入れられるのは、危ない証拠だよ」という剛子(たかこ)ネエの言葉を聞くまでもなく、状況がまだ楽観視できないことは明らかだった。
左に折れてバス通りを走る。恵介(けいすけ)が幼い頃は、両側一面が田んぼや畑で、屋根付きの停留所ばか…
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