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SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『浮遊霊ブラジル』『読書と日本人』ほか

今週の新刊

◆『浮遊霊ブラジル』津村記久子・著(文藝春秋/税抜き1300円)

 津村記久子といえば、芥川賞受賞作をはじめ、薄給で働く若い女性の生きにくさを、独自の視線で描く作家という印象がある。短編集『浮遊霊ブラジル』は、そのイメージを破る傑作である。

 表題作は、この世にない老人の男性が主人公。72歳の「私」は浮遊霊となるも、無為に町をうろつく冴(さ)えない日々。「スーパー銭湯に行けばいいんだ!」を合言葉に、他人にのり移り移動することを覚え、事態は急転回。念願のアラン島へ行くはずが、なぜか到着したのはブラジルだった。

 川端賞受賞作「給水塔と亀」は、定年退職した男性が、故郷の町へ戻り住み始める。前の部屋の居住者が飼っていた亀を引き継ぎ、新しい自転車で懐かしい町を走る。そこには、幼い頃から見上げていた、あの給水塔があった。

 奇をてらっているわけではない。人が生きる時間を見つめた時、こういう設定が、著者の心の中で広がったのであろう。そこに流れる時間は、妙に心地よい。

◆『読書と日本人』津野海太郎・著(岩波新書/税抜き860円)

 津野海太郎『読書と日本人』は、『源氏物語』の読者まで遡(さかのぼ)り、日本人がいかに本を読んできたかを、多方面から振り返り考察する異色の読書論。

 一人で黙って本を読む。そんなスタイルは、最初からあったわけではない。音読から黙読へ。あるいは、貴族や僧侶などの男性に限られていた読書が、上層階級の女性、そして武士などに、1000年近くかけて広がってゆく。

 その過程で「寝殿造り」から「書院造り」へ、建築様式の変化があり、それも読書の姿勢に影響を与えた。そして、「読書の黄金時代」としての20世紀が始まる。戦前・戦中期に出版のピークがあり、戦後はそれをなぞったという指摘など、じつに刺激的だ。

 この約10年で、人は本を読まなくなった。情報のデジタル化も加速する。しかし著者は「幼いころからの『体を伴った読書』の記憶が消えてしまうわけではありません」と希望の灯を点(とも)す。10年後の読書世界を見届けたい。

◆『私はいったい、何と闘っているのか』つぶやきシロー・著(小学館/税抜き1500円)

 又吉直樹以来、芸人が小説を書くのがブーム。栃木なまりで人気を得たつぶやきシロー『私はいったい、何と闘っているのか』を読み、意外にいいので驚いた。地方に根付いたスーパーで、次期店長と目される春男、45歳。自店の特売マヨネーズを買ってこいと命令されたり、妻や娘の冷たい仕打ちにも耐える。思わぬ店長の急死で、ついに?「仕事は辛(つら)いが、他の辛いことを忘れさせてくれるから、やっぱり仕事は素晴らしい」。そんな働く中年男への賛歌に、拍手を贈りたくなる。

◆『若冲』澁澤龍彦・著(河出文庫/税抜き740円)

 生誕300年とあり、熱を帯びる異端の画家『若冲』。それを記念して、澁澤龍彦他、再評価に功あった辻惟雄、梅原猛、澤田ふじ子、由良君美、林哲夫など16人の文章を集めた。琳派と若冲の関係を、マニエリスム的装飾を引き合いに論じる澁澤。「奇想の系譜」に並べられるが、暮らしに困らぬ彼は「他人を驚かせる」必要はなかった、と安岡章太郎。アメリカ建国200周年を記念し開かれた大展覧会で展示された若冲が、大評判だったと伝える芳賀徹と、魅力満載である。

◆『百人一首の正体』吉海直人・著(角川ソフィア文庫/税抜き720円)

 『ちはやふる』『うた恋い。』などのコミック化、かるた競技としての過熱と、ブームに沸く「百人一首」。しかし、成り立ちや真の姿は知られていない。この道の第一人者、吉海直人『百人一首の正体』は、そのすべてを解き明かす。そもそも原本が存在しない。藤原定家撰、という定説に疑いはないか。「小倉百人一首」の「小倉」とは? また全首に見どころや現代語訳を付し、詳細に解説。「あしひきの」の一首の作者「人丸」は、「柿本人麻呂」ではない、と初耳の指摘もある。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年12月18日号より>

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