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岡崎 武志・評『沈黙法廷』『おべんとうの人』ほか

今週の新刊

◆『沈黙法廷』佐々木譲・著(新潮社/税抜き2100円)

 佐々木譲の警察小説、加えて法廷ものという興奮が加わる『沈黙法廷』の舞台は現代の東京・赤羽。ここで独居の初老男性が絞殺死体で発見される。

 この家に出入りしていたのがデリヘルと家事代行業の2人の女性。赤羽署は捜査線上に、後者の山本美紀を見いだす。地味な30歳の独り身。彼女は他にも同様の不審死事件に複数関わっていた。逮捕、裁判と急転し、マスコミは「婚活殺人」「毒婦」と書き立てる。

 しかし被告は、一貫して犯行を否認、無罪を主張するのだ。読者の印象は限りなくクロ。彼女は口を閉ざし、物証はない。手練(てだ)れの検察と敏腕弁護士側の息詰まるやりとりが法廷で続く。著者は裁判所と法廷の仕組みと経過を、細密画のように描き込む。

 淋(さび)しいだけの過去を持つ被告に恋人を用意し、その恋人の視点で素人の我々も、法廷の様子、攻防を臨場感たっぷりに味わうことができる。短い恋を信じて待つ男の一途(いちず)な思いが、唯一の温(ぬく)もりだ。

◆『おべんとうの人』阿部了・著(木楽舎/税抜き1400円)

 中井貴一のテンション高いナレーションで、働く者の昼食をリポートするNHK「サラメシ」はすでに長寿番組。そこで、「お弁当」を取材、撮影するのがカメラマンの阿部了(さとる)。

 『おべんとうの人』は、番組でのやりとりやこぼれ話を加え、なにより「お弁当」を美しいカラー写真で紹介した本。小さな矩形(くけい)に、絶妙のバランスで配置されたそれは、まるで箱庭のよう。しかも栄養、色彩の調和、そして愛情がたっぷり詰め込まれている。

 保津川下りの船頭は、過酷な力仕事。新米の大地さんは、空揚げ、角煮、など「肉」を平らげ、「お弁当とは、力ですかね」ともらす。カニかま工場で働くベトナム人の若い女性たちから、ピリ辛の砂肝をもらい、そのやさしさにノックアウトされる“阿部ちゃん”。

 すべてがデジタル、簡略化されていく世の中で、お弁当は手作りで思いを伝える最後の牙城になるかもしれない。そしてお弁当の向こうに著者の人柄も見える。

◆『俳句・短歌・川柳と共に味わう 猫の国語辞典』佛渕健悟・小暮正子/編(三省堂/税抜き1500円)

 佛渕健悟・小暮正子編『俳句・短歌・川柳と共に味わう 猫の国語辞典』は、けっこう猫だらけ。短詩形文芸に現れる「にゃあ」と啼(な)く動物を、これでもかと集めた数が約2400。それを辞典として分類した。「猫の子を妻溺愛すわれ病めば」(日野草城)の見出しは「愛猫」。「繁盛は猫も杓子(しゃくし)も金に成り」(川柳)は「猫と杓子」。「捨猫」の句が多い山頭火に「こんなに晴れた日の猫が捨てられて鳴く」がある。こうしてみると、家のなかでうろつく猫は、犬の句や歌より多いのではないか。

◆『女の足指と電話機』虫明亜呂無・著(中公文庫/税抜き1000円)

 1991年に死去した虫明亜呂無(むしあけあろむ)は直木賞候補にもなった作家だが、むしろ映画、競馬、スポーツの評論やエッセーで名高い。この文業を忘れさせてはいけないと2009年に『女の足指と電話機』が、高崎俊夫編で清流出版から刊行。このたび増補して中公文庫で甦(よみがえ)った。まことにめでたい。表題作は、三浦洋一の演劇を見て、相手役・宇津宮雅代とのセクシャルなからみを「女の足指と電話機」という言葉で総括し、「舞台の劇的ハイライト」と評したエッセー。上質な鑑賞眼と文章力は腐らない。

◆『期待はずれのドラフト1位』元永知宏・著(岩波ジュニア新書/税抜き860円)

 今年もプロ野球シーズンオフに、各球団から若い逸材が高額の契約金で獲得された。しかし、1軍のトップで活躍できるのは、そのうちわずか。元永知宏『期待はずれのドラフト1位』は、ケガ、伸び悩み、その他の理由でプロ球界を去っていった6人を取材。「逆境からのそれぞれのリベンジ」(副題)を見届ける。38歳から修業を始め、イタリアンのシェフに。あるいは、IT企業への転身と、さまざまなその後の人生を歩む男たち。順風満帆な人生からは味わえぬ生き方がそこにある。

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岡崎武志(おかざき・たけし)

 1957年、大阪府生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。主な著書に『上京する文學』『読書の腕前』など

<サンデー毎日 2016年12月25日号より>

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