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学生時代の肉筆画見つかる 春団治さん遺品から

三代目桂春団治さんの遺品から見つかった手塚治虫の初期の肉筆画。封筒には「十枚」とあるが、二代目春団治の似顔絵は見つかっていない=大阪市中央区で2016年12月18日、幾島健太郎撮影
二代目桂春団治の地方興行ポスターのレプリカ。見つかった肉筆画と少し絵が異なる部分も=大阪市中央区で2016年12月18日、幾島健太郎撮影

 漫画家の手塚治虫(1928~89年)が、大正から戦後にかけ活躍した落語家の二代目桂春団治(1894~1953年)の依頼で描いた肉筆画9枚(各縦14センチ、横20センチ)が見つかった。学生時代の手塚が、春団治の興行ポスター用に落語や芝居の場面を描いた墨絵。竹内オサム同志社大教授(マンガ史)は「珍しいタッチ。子ども向けと大人向けの両方を使い分け、模索していた時期の画風が見て取れる」と指摘する。

 肉筆画は、二代目春団治の実子で今年1月に亡くなった三代目春団治さんの遺品から見つかった。ポスター制作後に改めて描いたもので、春団治の似顔絵以外の9カット。戦後間もない45~46年、春団治が地方興行で演じていた芝居「明烏(あけがらす)夢の泡雪」の場面などが描かれている。

 手塚は自伝「ぼくはマンガ家」の中で「大阪落語の重鎮」二代目春団治のポスターを描いたこと、春団治に声をほめられ、落語家の道に誘われたことをきっかけに、こっそり落語の練習をしたことなどを記している。

 描いたのは手塚が46年1月、現在の毎日小学生新聞の連載でデビューする前後とみられる。春団治の妻、河本寿栄(かわもと・ひさえ)さん(90)によると、手塚とは大阪市内の写真館の紹介で知り合い、謝礼を支払った際、手塚は「絵を描いてお金を頂くのは、これが初めてです」と話したという。手塚プロダクションの松谷孝征社長は「すばらしい原稿が出てきた。春団治師匠がずっと大事にしてくださっていたのはありがたい」と話している。肉筆画は来年4月22、23日の「いけだ春団治まつり」(大阪府池田市民文化会館)などで公開される。【山田夢留】

新内節「明烏夢の泡雪」を元にした芝居の一場面。この興行では、春団治が可愛らしい女児の役を演じたため、顔は似せて描かれている=大阪市中央区で2016年12月18日、幾島健太郎撮影

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