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「農家民宿」に年間1万人超 集落に光

宮城県から泊まりに来た家族連れを郷土料理でもてなす多田喜一郎さん(左)。囲炉裏ではヤマメやゴリがあぶられていた=石川県能登町で2016年8月16日午後7時14分、金志尚撮影

 石川県・能登半島の山あいに、住民たちによる農家民宿群がある。半径数キロの範囲に47軒が点在する「春蘭(しゅんらん)の里」だ。地域の生き残りをかけて始めた取り組みは来年、20年を迎える。地元食材を使った郷土料理や伝統文化の体験など地域資源を生かしたもてなしが評判を呼び、訪問者は年間1万人を超えるまでになった。過疎化は容赦なく進むが、後に続く若者も少しずつ集まり始めている。

     浴衣姿の家族が、輪島塗の漆器に盛りつけられた郷土料理に舌鼓を打っていた。赤い炎が揺れる目の前の囲炉裏(いろり)では、地元で養殖したヤマメとゴリがあぶられている。「こういう料理もうれしいよね」。5人で訪れた宮城県塩釜市の海産物卸業、伊藤誠司さん(54)は、くつろいだ様子だった。

     金沢市から北に約90キロ。車で2時間の能登町を中心とした山間部の約10地区に民宿は散らばる。主に黒瓦を基調とした大きな木造2階建てで、どの家にも昔ながらの囲炉裏が残る。周囲には田畑が広がり、近くにコンビニや大型スーパーはない。ホタルやカブトムシなど四季折々の生物も観察できる。宿泊代は客数によって若干増減するが、1泊2食で1人約1万円と足並みをそろえている。

    修学旅行で訪れた台湾の高校生を郷土料理でもてなす山崎増雄さん(手前右)と妻ちづ子さん(右端)=石川県能登町で2016年10月13日午後7時4分、金志尚撮影

     ■月収40万円めざし

     原点は20年前、1996年にさかのぼる。

     「10年後、集落はどうなるのだろうか」。若者の多くは都会に流れ、高齢化の加速が予測されていた。以前から地域の将来について話し合いを重ねていた農家や会社経営者ら地元で暮らす40~50代の男性7人が地域再生に向けて立ち上がった。

     メンバーの運送会社社長、多田喜一郎さん(68)は「地域のために何かしないといけないと思った。若者が戻ってこられるよう、安定した収入を得られる環境づくりが必要だった」と振り返る。月40万円の収入を目安に据えた。

    体験プログラムで巨大奉灯「キリコ」の太鼓をたたく中国からの観光客=石川県能登町で2016年7月16日午後2時44分、金志尚撮影

     住民の多くは農家だったため、メンバーは当初、地元野菜の販売で年間1億円の売り上げを目指した。しかし、採算が合わないことが判明。「それなら食べに来てもらおう」と次善の策として打ち出したのが民宿業だった。状態の良かった多田さんの家を約200万円かけて改修し、97年に第1号として「春蘭の宿」をオープンさせた。

     いくつかの基本方針を立てた。宿泊客と密なコミュニケーションがとれるよう、1日1組に限定。地元で取れた野菜やコメをふんだんに料理に用いる一方、化学調味料は一切使わない。輪島塗の膳や器に盛りつけることで、見た目の美しさにもこだわった。

     狙いは当たった。オープン後しばらくは集客に苦戦したが、3年ほどして旅行仲介業者の目に留まり、客足は少しずつ伸びた。他の住民も相次いで参入し、09年には民宿が30軒にまで増えた。

     ■修学旅行、外国人も利用

     春蘭の里の訪問客は昨年、日帰りの視察なども含めると過去最多の約1万2000人に達した。この10年間で10倍になり、今年も好調に推移している。団体客は事務局が各宿に割り振り、今年6月には修学旅行で訪れた千葉県の中学生や教員約270人を全47軒で受け入れた。

     商談会などを通じて外国人観光客向けのプランを扱う旅行会社とのパイプも強化し、これまでに中国やイスラエルなど20カ国以上から5000人近くの外国人客も宿泊した。能登半島に伝わる巨大奉灯「キリコ」を担いだりする体験プログラムや川遊びなどが人気を集めている。

     「こんな奥地へ観光バスが来るなんて、夢のまた夢の話だった。(開業に)手を挙げて良かった」。03年から民宿「三平」を営む山崎増雄さん(68)はそう話す。都会から来る客が特に驚くのが野菜の鮮度といい、「大阪から来た家族には『野菜がこんなにおいしいと思わなかった』と言われた」と手応えを語る。

     今年10月には、修学旅行で台湾の高校生約30人が春蘭の里を訪れ、「三平」でも生徒4人を受け入れた。囲炉裏での夕食後、生徒たちからTシャツと菓子をプレゼントされた山崎さんは「民宿をやっていなかったら、台湾の人から土産をもらうことなんてない」と笑った。

     ■後に続く若者も

     春蘭の里では、多田さんをはじめ、月40万円近くを売り上げる宿も複数出てきた。民宿群としては着実に歩みを進める。その一方で、地域の置かれた現状は厳しさを増している。

     町によると、10月末現在の人口は約1万8000人で、65歳以上の高齢者の割合は44%。この20年間で人口は1万人減り、高齢化率は20ポイント近くも上昇した。地区によっては限界集落の目安の50%を超えている所もあり、民宿の経営者も70~80代が多い。

     だが、多田さんは「悲観したら何も変わらない。プラス思考でやらないと」と前向きだ。そんな言葉を象徴するかのように、後に続く若者も出てきた。

     地元出身で、自動車整備の仕事の傍ら、09年から実家の民宿「きむら」を手伝う木村真也さん(30)は「両立は大変だったが今は慣れた。客との触れ合いがうれしい」と話す。生まれ育った地域のためにという意識も強く、「守っていかないといけない」と表情を引き締める。

     昨冬には木村さんら10~40代の男女8人が「青年部」を発足。空き家を改修して活動拠点を作り、県内の大学生ら地域外の若者との交流などに取り組む。青年部長で農家の川畑慎太郎さん(44)は「自分が作った農作物を知ってもらうには民宿は有効」と話し、将来的には民宿群の継承も視野に入れる。

     青年部には民宿以外の方法で地域貢献をめざす若者もいる。7月に川崎市から移住した大竹清登(すみと)さん(38)は東京のイタリア料理店で約20年間、腕を振るった元シェフだ。食材を追求したいとの思いから地方移住を決め、店の客に能登地方出身者がいたことなどが縁で能登町を選んだ。「能登の食材を使ったイタリア料理店を開きたい」と思い描く。

     今月4日、10年以上前に廃校となり、現在は交流拠点として使われている旧小学校で春蘭の里の収穫感謝祭が開かれた。町外に出た地元出身者も多数集まり、農産物などを買い求めた。

     人の輪の中に笑顔の多田さんの姿があった。改めて地域への思いを聞くと、「ここで育てられたから、恩返しをしたい」と返ってきた。離れた人にとっても古里はいつまでも古里であり続ける。だからこそ、そのともしびを消してはならない。そんな責任感にも似た思いが伝わってきた。

     春蘭はこの地に自生する春の花だ。過疎地にとって、今は厳しい冬かもしれない。そこを乗り越えた先に希望の春が待っていることを、地元の人たちは願っている。

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