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余録

江戸末期の代官で世界遺産の…

 江戸末期の代官で世界遺産の韮山(にらやま)反射炉(静岡県伊豆の国市)を作った江川太郎左衛門英龍(えがわたろうざえもんひでたつ)(坦庵(たんなん))は多芸多能の人だった。1842(天保13)年4月12日、日本で初めてパンを焼いたと伝えられている▲長崎で高島秋帆(たかしましゅうはん)から洋式砲術を学んだ坦庵は軽くて日持ちする兵糧としてパンに着目した。当時の日本は西欧列強の脅威にさらされていた。大砲を鋳造する反射炉と軍隊の携行食としてのパンは国を守るため、という点で共通している▲坦庵の試みから約170年、パンは私たちの食卓に欠かせない存在となった。コメに次ぐ第二の主食でもある。知恵と工夫を凝らしたさまざまなパンが楽しめるようになった今、2種類のパンしか作らないパン屋が東京の浅草で営業を続けている▲1942(昭和17)年創業の「ペリカン」は行列のできる店として知られ、1日で食パンを約400本、ロールパンは約4000個を売り切る。4代目の渡辺陸(わたなべりく)さんは先代から聞いた「白いご飯のように毎日食べられるパンを作りたい」という言葉を肝に銘じている▲個人が営む商店はコンビニや大型スーパーなどの攻勢にさらされている。ペリカンは戦後、あえて種類を絞り込むことで時代の荒波を乗り越えてきた。2代目の決断だった。陸さんは季節によって仕込みの方法を変えるなど工夫を怠らない。味を変えないためだ▲先見の明があった坦庵だが、新しい時代の到来を見ずに亡くなった。53歳だった。後世、「パン祖」と呼ばれるとは思ってもみなかっただろう。菩提所(ぼだいしょ)の本法寺(ほんぽうじ)はくしくもペリカンにほど近い浅草の田原町にあり、お参りをする人が絶えない。

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