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インタビュー

橋下徹さんに聞く「トランプ現象」

インタビューに答える橋下徹さん=川平愛撮影

 既成の政治の枠外から来たトップが、その言動で物議を醸しながらも政治を進めていく――。米大統領に就任するドナルド・トランプ氏だけではない。日本では大阪府知事・市長を8年近く務め、国政政党の党首でもあった橋下徹さん(47)を思い浮かべる人も多いだろう。政治の一線から身を引いた橋下さんは、「トランプ現象」をどう見ているのか。ポピュリズムと民主政治、政治とメディアのあり方なども交えて聞いた。【聞き手は大阪社会部副部長・宇城昇、構成・念佛明奈】

    「良いポピュリズム」が理想

     橋下 僕は今年のメディアや知識層におけるキーワードは「ポピュリズム」になると思っていますが、メディアが多用する「ポピュリズム」の定義はどうなっているのでしょうか。何をもって大衆迎合主義というのでしょう。

    ――欧米の「ポピュリズム」と呼ばれる勢力でいうと、その主張は極右、左派、ナショナリズムなど玉石混交です。

     橋下 「ポピュリズム」を「大衆迎合主義」という悪い意味で用いたとしても、それは結局民主政治そのものでしょ。メディアや知識人は政治家に対して国民の声を聴けと言う。で、国民に耳を傾けると今度は大衆迎合主義と言う。どっちやねん!と。

     国民の多数意思で政治をやっていくのが民主政治です。その場合、国民を徹底的に信じなければなりません。しかし国民の声も絶対的に正しいものではない。だからこそ修正を繰り返しながら正しいものに近づけていく姿勢が必要です。一部の知識人が主導するのではなく、国民多数の意思で修正していく。良くなるも悪くなるも全て国民次第。ゆえにポピュリズムが全て悪なのではなく、良いポピュリズムを目指さなければならない。

     ところがメディアも知識人も昨今、ポピュリズムというワード(言葉)を、自分の考えと異なる政治への批判の言葉として使っていますよね。政治の中身の分析、評価をすることなく。ポピュリズムを大衆迎合主義という意味で使う場合には、国民をバカにしている。

     ポピュリズムを悪とするなら、それと反対側にある「専制エリート政治」の方がいいのか。ポピュリズム、民主政治にはいろんな問題があり、ヒトラーを例に「民主政治は独裁政治につながる」という批判もある。しかし、専制エリート政治を振り返ると、旧ソ連のスターリン、北朝鮮の金一家、アフリカの独裁体制、そして中国と、これらの体制の方がはるかに弊害がある。ポピュリズムの方がマシであることは間違いないでしょう。そもそも民主政治においては「絶対的に正しい政治」なんて想定しちゃいけないんですよ。

     もちろん政治を批判することも民主政治にとって重要ですが、多くの国民の支持を取り付ける行為そのものをポピュリズムと批判するなら、それは民主政治の否定です。国民の教育レベルによって、民主政治を採用すべきかどうかはその国の判断の分かれ目ですが、それでも民主政治を選んだのなら、国民多数の意思を徹底して尊重しなければなりません。

     昨年大みそかのNHK紅白歌合戦では、200万人規模の会場入場者と視聴者は圧倒的多数で白組を支持しました。ところが10人ほどの審査員のうちの多数支持で最終的に紅組(あかぐみ)が勝った。典型的な専制エリート政治ですね。多くの視聴者は違和感を覚えたと思います。この場合に白組を勝たせることはポピュリズムとして悪でしょうか? メディアや知識層がいうポピュリズム批判は、紅組を勝たせよ!と主張しているようなもの。そりゃ国民の意識からどんどん離れていきますよ。

    健全な民主政治が機能

    ――ポピュリズムの定義が決まっていないということを踏まえて、まずは米大統領選でのトランプ氏の勝利についてうかがいます。

     橋下 多くの国民の不平不満をちゃんとすくい上げることができなかった政治が、ルールに基づいた国民の投票という力によって変えられたということでしょう。オバマ大統領の政治で足りなかったところや不満のあるところに、「選挙」という平和的で穏健なやり方で国民が「ノー」を突きつけた。国家権力はものすごい力を持っていて、やろうと思えば武力で国民をねじ伏せることができるのに、民主政治ではどれほどの大国でも国民が選挙で現政治権力を倒せる。すごいことですよ。極めて健全な民主政治の結果だと思います。

    激震の欧米

     僕は「大阪都構想」=<1>=の時は説明が足りないとずいぶん批判されましたが、大阪市の有権者220万人一人一人に説明を尽くすのは不可能で、ましてや米国の2億何千万人という有権者一人一人にメッセージを届けるのは一人の候補者では無理。自分の考えを有権者に伝えようと思えば、政治と有権者を仲介するメディアに乗っかるようなメッセージの出し方をしなきゃいけない。トランプ氏は過激な発言をしながら、批判を受けることでメッセージがメディアに乗っかることを考えていたんでしょう。

     もちろん行き過ぎた発言は批判すべきですが、今回の大統領選ではメディアも知識層もトランプ氏のメッセージの表現方法への批判に終始していました。下品な言葉尻だけを捉えて大統領失格者とレッテルを貼って批判することは非常に危険です。それは逆に、きれいごとの言葉尻だけで政治家を大称賛することにつながるからです。これこそ大衆扇動じゃないでしょうかね。

     メディアに乗っけるための修飾語をはぎ取ってメッセージの核となっている政治的問題意識を明らかにする。そして政治家と国民の問題意識が合致しているのか、さらにその問題を解決するための対処方法の実現可能性を検証する。また選挙である以上、対立候補との比較で「どちらがましか」という検証が最も重要です。

     こういう作業を本来メディアや知識層がこなして国民に情報提供しなければならない。ところが「ポピュリズム」「差別主義者」「排斥主義者」などレッテル貼りでは、民主政治は機能しない。

     政治家がメディアに乗っけるために過激な発言をすることには批判も多いですが、日本でも「保育園落ちた日本死ね」という言葉で待機児童問題という有権者の問題意識がクローズアップされ、現実の政治が動きました。結局、どの言葉がいいか悪いかは、極めて主観的なもので趣味嗜好(しこう)のレベルですよ。

    不平不満 隠さず対処を

    ――ただ、実際の得票数ではクリントン氏が上回りました。

     橋下 総得票数はクリントン氏が約200万票上回りましたが、アメリカの有権者総数を分母とすればわずかなポイントです。実際に選挙をやってきた感覚で言えば、あれだけメディアが応援し、知識層がトランプ氏を総攻撃したのだから、8対2くらいの大差でクリントン氏が圧勝しなきゃダメですよ。

    インタビューに答える橋下徹さん=川平愛撮影

     僕は米大統領選をウオッチしていました。クリントン氏は「国際協調」「寛容」と万人受けするフレーズは言っていましたが、ずさんなアメリカの国境管理問題や不法移民問題、イスラム過激主義によるテロといった国民が最も問題意識を持っていた事柄に、明確な対応策を打ち出せていなかったと思います。移民にも宗教にも寛容だ、という姿勢を強く打ち出すため対応策を曖昧にしてしまった。

    ――でも、大富豪のトランプ氏も有権者から遠い存在では?

     橋下 トランプ氏は政治の力で大富豪になったわけではないのでアメリカ国民は批判的に見ない。むしろ自分の力で富を得たことを称賛するでしょう。有権者が最も嫌がるのは政治の力を使って富を得ること。クリントン氏にはこれが見え隠れしたのでしょう。オバマ氏だってハーバード大学を出て弁護士になったエリート。クリントン氏も夫は元大統領で本人も政治エリート。結局、どれだけ自分たちの声を聞いてくれるのか。期待を持てるのか。そこに尽きるわけです。

    ――この僅差の結果で、米社会の「分断」が言われています。

     橋下 選挙で分断されたのではなくて、元々そういう状況にあったんですよ。メディアや知識層は「ポリティカル・コレクトネス」(PC)=<2>=というもので無理やり蓋(ふた)をしていただけ。その蓋をトランプ氏が開けちゃったということじゃないですか。社会の不平不満をとにかく隠し続ける政治もあれば、一回蓋を開けて、きちっと対処していく政治もある。僕は後者の方が本来の政治だと思う。きれいごとで蓋をして隠していくことは問題の先送りにしかならないと思いますよ。

     米国は多民族社会だからPCは必要ですが、それを強調し過ぎると弊害も生じます。まず自由にモノが言えなくなって不平不満が鬱積する。今のアメリカ社会ではトランプ支持とはなかなか言えません。ゆえに隠れ支持者がかなりの数に上り、メディアや知識層がその把握に失敗しました。PCを強調する人は、自らの正義を絶対的なものと考えがちです。そこには寛容性などありません。トランプ氏の支持者に問題がある人もいるのでしょうが、クリントン氏の支持者にも自分の考えに反する人を見下したり、人格攻撃したりする人は多いです。

    有言実行 オバマ氏も問われる

    ――トランプ氏は過激な発言だったがゆえに、実際の政権運営では「有言実行」が問われますね。

     橋下 実行できなければ次の選挙で有権者が審判を下せばいい。2018年にはアメリカ議会の中間選挙があり、有権者はトランプ氏の政治行動を修正する機会があります。

     重要なことは、政治家は口だけではダメで、問題解決のための実行力こそが政治です。ダメだったら有権者が投票を通じて修正を加えていく。ゆえに何もしないということが最悪。批判を受けてでもとにかく実行しなければ、問題解決の糸口が見えない。

     下品なトランプ氏の発言だけを問題視し、その実現不可能性をメディアや知識層はあげつらいますが、同じことは上品な言葉を使うことで知識層から称賛を受けるオバマ氏にも当てはまる。アメリカ国民はそこを賢明に見ていたのではないでしょうか。オバマ氏はきれいごとはたくさん言うが、実現できていない現実を。例えば広島訪問の時の核廃絶についての演説に、メディアは拍手喝采しました。でも彼はその裏で、30年間で1兆ドル(約110兆円)かけて旧式の核兵器を近代化する政策を承認しました。「核なき世界へ」というフレーズだけで実現可能性は検証せず称賛するのは危険ですね。

     トランプ氏には問題発言は確かにあり、僕も全部賛同とは言いません。「メキシコ人は強姦(ごうかん)魔」「イスラム教徒は入国禁止」と言ったら、それはひどいんじゃないの、という話になる。しかし彼のメッセージの奥には「不法移民の阻止」「イスラム過激主義のテロ行為の阻止」という問題意識があり、多くのアメリカ国民の問題意識にも合致する。そうなるとその対応策をどのように合理的になすべきかを考えなければならない。にもかかわらず、言葉尻だけを捉えて「差別主義者」「排斥主義者」だとレッテルを貼って批判することは、アメリカ社会の課題とその対応策を見逃してしまう。

    ――トランプ氏は誤解を生むような言葉を使うがゆえに、政策の検証まで至らないというマイナスの面があるのでは?

     橋下 だからこそ、言葉尻に振り回されずに、政治の中身を分析、評価し、有権者に情報提供することがメディアや知識層の役割です。今、それができていませんよね。メディアや知識層は自分の考えが絶対的に正しく、それに反する考えは絶対的に間違いだという思い込みを持ってはいけない。自分の考えの正当性を主張し、相手の考えの不合理性を追及することは当然だとしても、政治的選択においては最後は国民の多数意思に委ねる姿勢を持つことが民主政治の基本です。

     政治家に対して、国民の多数を納得させろ!と口を開けば言うようなメディアや知識層に限って、自分の考えが国民の多数に受け入れられなかった時に、国民の多数を納得させる努力をしようとしない。ポピュリズムという言葉だけで主張の正当性を語ります。

    政治と有権者の乖離が限界に

    ――米国だけでなく欧州でも、既存の政治勢力が支持を得られなくなっている状況が同時多発的に起きています。

     橋下 欧米では、国民生活に直結するところで不法移民やテロ、経済格差の問題がある。きれいごとを言っている状況じゃないのに、既存の政治家や知識層はその不平不満をきちんとすくい切れず、国民がノーを突きつけた。極めて合理的な投票行動です。フランスのルペン大統領候補、イタリアの「五つ星運動」、オーストリアの自由党、オランダの自由党、ドイツの「ドイツのための選択肢」も、国民が支持している現象はポピュリズムという「悪」ではなく、それを求めている理由がある。このような政治運動をポピュリズムだと一蹴せず彼ら彼女らの問題意識を丁寧に探り、合理的な解決策を見いだしていく。それこそが「寛容の精神」じゃないですかね。

    インタビューに答える橋下徹さん=川平愛撮影

     僕が政治をやってきて一番の柱にしていたのは、多様な価値観を国民が有している成熟した国では「自分がやっていることは絶対的に正しいわけじゃない」ということ。つまり、何が正しいかが分からないことが前提で、最後は有権者に決めてもらう。その選択が間違っていたなら、有権者は投票を通じて権力者の首を飛ばしながら、不断に政治を修正、改善して、正しい政治に近づけていくものだという民主政治の政治観です。とすれば、有権者が投票で決めたことをまずは正しいものと評価しないと民主政治は成り立たない。それが間違っていると言うなら、有権者の多数に共感される主張を展開して、次の投票で政治を正していくしかない。

     有権者の判断を最大限尊重することもなく、民主政治を平気で否定するがごときのメディアや知識層のおごりが、有権者からの信用を失墜させているんじゃないですか。国民の多数意思をポピュリズムと一蹴するのなら、専制エリート政治でやるべきだと堂々と言わなければならないが、そこまでは言えない。そういう欺瞞(ぎまん)を有権者は見抜いています。

     橋下 僕は政治を実際にやって多くの有権者に接しました。少なくても日本やアメリカ、欧州の先進国などにおいては、メディアや知識層と有権者の賢さには全く差はありませんよ。しかし、自分たちこそが絶対的に正しいという大きな勘違いをしているがゆえにメディアや知識層が政治と有権者をつなぐ役割を果たしておらず、政治と有権者が乖離(かいり)している。同時多発的にその乖離が限界を超えているのだと思います。

    日本はポピュリズムで先行

    ――欧米と同じような現象は日本でも起きると思いますか。

     橋下 僕の感覚では今のところ、日本では有権者の不平不満が爆発寸前とまでは来ていない。ばらまきと言われようが、高齢者優遇と言われようが、不平不満のある有権者をほったらかしにせず、弱者にそれなりの手当てをしながら政治を進めてきたということでしょう。PCが強すぎることなく、有権者が不平不満を率直に語ることができる社会で、それに政治が答えを出してきた。非常に「ポピュリズム」な政治をやってきたことがガス抜きになっていたと言えます。

    ――日本では2009年と12年に政権交代があり、大阪でも橋下さんという既存政治の枠組みじゃない人が知事、市長になる経験をしました。欧米に先んじた部分があるのでは?

     橋下 既存の政治を変えるということで、有権者の不平不満のガス抜きができ、政治の修正・改善ができる。再び政権を取った自民党は今も100%完璧じゃないかもしれないが、確実に政治が改善しています。僕らも大阪で既存の政治を変えることに一時支持を受けたけど、それが全国的に広がらなかったのも有権者の判断です。一時支持を受けた政治が未来永劫(えいごう)正しい政治をやり続けられるわけがない。どこかでチェンジしていかなきゃダメですよ。

     ただ、その改善の過程で権力が暴走してしまう危険がもちろんある。そこに歯止めをかけるのがメディアや知識層の役割。ただしそれは国民多数の意思が権力の暴走を止めるお手伝いです。国民の多数意思をポピュリズムだとバカにするメディアや知識層が最近特に多くなってきましたが、民主政治の主体はあくまでも国民。メディアや知識層は、国民の多数意思に働きかけるまでが役割で、自分たちの考えが国民の多数意思として現れないのなら、共感してもらう努力が足りないだけです。

    上から目線のメディア・知識層に嫌悪感

    ――マスメディアによるトランプ氏批判が有権者に響かなかったのはなぜでしょうか。

     橋下 トランプ氏の大統領選当選の時も、英国でEU(欧州連合)離脱の結果が出た時も、新聞では「グローバル化に取り残された白人中間層の『反乱』だ」と書きました。「反乱」という言葉を使うのは、相手を下に見ている。「どれだけ偉そうに上から目線で見てんねん!」と僕は強く感じましたね。こういった態度や物言いに、多くの人々が嫌悪感を強く覚えていると思います。

     僕は選挙を実際にやってきて、メディアの世論調査と社会の実態にズレがあることも経験しました。世論調査や選挙の出口調査で所得階層や職業や学歴などを分析して「トランプ支持層、EU離脱支持層は白人中間層や低所得者、教育レベルの低い人たち」と決めつけることは正確ではないと思います。こんな分析でアメリカ社会やイギリス社会を語れば、社会の実態からズレた知識層のおしゃべりになってしまうでしょう。

     既存のワシントン政治やEUのどこかに問題があるから国民はトランプ氏を大統領に選び、EUからの離脱を判断したのに、その国民の判断を低教育レベルの低所得者の感情的判断だ、ポピュリズムだと徹底的にバカにする。メディアや知識層がこんな姿勢を続ければ、有権者の考えとはどんどん乖離していきます。

    ――橋下さんは英国の国民投票や米大統領選の現場でインタビューした経験もある。マスメディアが今後果たすべき役割をどう考えますか。

     橋下 民主政治では国民多数の意思に基づく政治をやるという意味で、全政党、全政治家が「ポピュリスト」。その中で良い政治を目指そうと思えば、メディアが政治の中身を検証し、有権者に政治選択のための正確な情報提供をし、逆に有権者の問題意識を正確にすくって政治に届けなければならない。

     ところが、今のメディアや知識層は多くの国民の問題意識をポピュリズムという言葉で一蹴する。これでは多くの国民の意思と政治をつなげる役割を果たせません。メディアや知識層は自分たちが考えてきた人権、多様性、寛容性といった理念を基にしたこれまでの主張に、なぜ多くの国民がついてきてくれないのか、今年はそれを自己検証しなければなりません。口を開けば政治家に言うじゃないですか。「国民の声に耳を傾けろ!」と。まさにそれを自ら実践するときです。

    レッテル貼りせず政治の批判を

    ――デジタル時代でメディアも多様化しています。

    インタビューに答える橋下徹さん=川平愛撮影

     橋下 人員、お金、人材の面から、新聞メディアが権力チェックと有権者への情報提供の柱になるのは間違いない。でも例えば、安保法制で言えば、もちろん反対する人も多いけど賛成する人だって多い。僕が大阪府知事時代、公立校教職員に君が代の起立斉唱を義務づける条例案を出した時だって反対はあったけど賛成する人もいる。その時に「我が社の考え方はこうだから、それに反する考えはダメなんだ、ポピュリズムだ、立憲主義に反する、差別主義だ」という記事の出し方では有権者に響かない。

     安保法制なら、賛成している人には「これを進めるとこういった危険もあるが、そこにも皆さん賛成できるんですか?」「安倍晋三首相はまずこう考えていて、実はその次にこういうことを考えているだろうけど、本当に賛成できますか?」。反対の人にも「では他の方法は何かあるのか」と問う。有権者の心に刺さるような情報提供の仕方、説得が重要で、あくまでも国民の多数意思が権力の暴走を止め政治を正す、そのお手伝いをさせてもらうという謙虚さが必要です。

     僕も政治家をやってよく分かったけど、政治は課題を解決してなんぼ。社会のドロドロしたところを掃除していくような泥臭い仕事で、文学者や詩人ではない。ゆえに問題提起しようと思えば、ちょっと下品な言葉にもなるでしょう。その言葉尻を捉えて「ポピュリズム」「差別主義」「排斥主義」「立憲主義違反」などと批判するより、政治がやろうとしていることを深掘りして分析し、有権者の課題意識と合致しているか、それは実現可能なのか、合理的なのかを徹底的に吟味して有権者に情報提供する必要がある。そのことによって有権者の投票に表れた多数意思を通じて政治が修正、改善を繰り返し、正しい政治に近づいていくという意味で民主政治は進化、深化していく。ポピュリズムは悪にもなるし善にもなる。善にするためには政治家、メディア、知識層、そして有権者が不断の努力をしていかなければならない。

     政治を批判するなら、「ポピュリズム」「差別主義」「排斥主義」「立憲主義違反」などのレッテル貼りの抽象的なワードを使わずに、しっかりと政治の中身を語るべきです。まずは今年のキーワードとなるであろうポピュリズムという言葉は絶対に使わずに政治を批判することによって、メディアや知識層の力がつくでしょう。ポピュリズムという言葉での政治批判ほど簡単なことはありません。そんな批判は幼稚園児にだってできますからね。


    はしもと・とおる 1969年生まれ。早大卒、97年に弁護士登録。2008年1月、茶髪にサングラスの型破りなタレント弁護士から38歳の最年少で大阪府知事に当選。11年11月の大阪府知事・市長ダブル選で大阪市長に当選した。15年12月退任。地域政党・大阪維新の会、国政政党・日本維新の会の代表などを歴任。


     <注1>大阪都構想 大阪市を廃止し、24行政区の代わりに特別区を設ける構想。市の仕事のうち福祉や教育は特別区が引き継ぎ、都市計画やインフラ整備は大阪府に移る。各特別区には選挙で選ぶ区長と区議会を置く。2015年5月に賛否を問う住民投票が実施され、約1万票の小差で反対が上回った。結果を受けて橋下徹・大阪市長(当時)は政界引退を表明した。地域政党・大阪維新の会は都構想への再挑戦を掲げ、18年秋の住民投票を目指している。

     <注2>political correctness 差別的な意味や誤解を生じないよう政治的に妥当な表現をすることで、人種や性、職業、宗教などの違いを理由にした差別や偏見を助長することを防ぐ。略称PC。多様な民族が共生する米国では特に重視され、1980年代から広がった。日本など他国でも言い換えが進んだが、伝統や文化と衝突する事例も起きている。

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