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第3回 恋がすべて=室井佑月

 あけましておめでとうございます。

     2017年は元旦が日曜なのですね。おかげで外に出るレギュラー番組の仕事などは普段どおり。12月30日まで働いて1月4日からまた仕事、といった感じ。

     たっぷり忙しい師走の気分を味わっています。

     冬休みで、地方の寮のある高校へ通っている息子が帰省しているから。

     年末年始も変わらず仕事があるのに、さらに息子の飯作りなどが増えて。

     いや、飯作りはさほど苦にならないか。

     年末は、編集者が冬休みを取るため、早めに原稿をいれねばならないのです。

     借金取りのような催促の電話がかかってきます。そんな中、ご飯なんて作れるわけがない。

     息子に千円札を渡し、弁当を買ってきてもらいます。息子もたまには役に立つ。

     ま、自分も腹がへるのだし、一個弁当を買うのと、二個買うのとはおなじ手間。

     そのくらいです、あの男が役に立つのは。ゴミのひとつ捨てやしない。

     発するのは、「腹減った」「風呂まだ?」「あのシャツ洗っといて」というあたしへの要求か、「マジかよ」「ざけんな」「うっせぇな」というあたしを不快にさせる言葉だけ。

     お互いにウザいから無視し合い、深く関わるときは喧嘩(けんか)です。

    「46歳のあたしが老体に鞭(むち)打って机に向かいつづけているのに、16歳のおまえはなぜ寝てばかりいるのだ、勉強しろ!」

     というあたしの一言からたいてい喧嘩ははじまります。

     お互いにずっと無視し合えたら楽なのですから、あの男ももうそろそろそういうことに気づき、自分から机に向かえというのです。

     たぶん、勉強が死ぬほど嫌いなのでしょう。けど、あたしだって原稿書きが、好きってわけじゃない。

     そして、ぎゃあぎゃあやりあっていると、息子の口から必ず出てくるのがこの台詞(せりふ)。

    「なんで勉強しなくちゃならないんだよ!」

     あたしは毎回、おなじ言葉を返します。

    「将来、魅力的な異性をものにするためと何度いえばわかるんじゃ!」

     ズバリ、真実でしょう。生き物は子孫を残します。それが生まれてきた意味のひとつ。あたしは子ども相手にも、子ども用の返答はしません。

    「女なんていらねぇ」と、息子。

    「それはおまえがまだなにも知らんチェリーだから。人生でいちばん意味があることは恋。人は恋をするために生まれてきたといっても過言じゃない」

     今回も決まったな、と思う。息子はすぐにまた無視モードとなり、聞いちゃいないのですが。

     息子が聞いてくれないので、みなさん、聞いてください。

     はっきりいいます。断言していい。人生にいちばん大切なものは恋です!

     たとえば、人は生きるために食べなきゃならない。生まれてきた意味のひとつ、子孫を残すことが食材なら、恋は料理。いくら栄養バランスが優れているといっても、飼料のようなものを摂(と)りつづけるのは、ちょっとね。

     恋は喜怒哀楽、人のあらゆる感情を引き出す。恋をしたときの背伸びが、人の成長につながる。

     恋のチャンスがたくさん巡ってくる時期は、その人の成長している期間と重なる。

     やがて盛りが過ぎても、恋をした記憶はその人の財産として残る。

     最後に老衰で身体が動かなくなったとき、あたしは恋した記憶をくり返しくり返し思い浮かべるでしょう。案外、それはとても贅沢(ぜいたく)な幸せな時間じゃないかと思うくらい。

     去年は不倫で芸能人が叩(たた)かれたりしたが、批判を恐れずにいわせて。

     良い恋と悪い恋って分け方でいいの?

     たしかに、迷惑をかけてしまったまわりには、謝罪するよりない。

     が、まわりということを考えなければ、恋に良いも悪いもないと思う。どれだけ真剣であったかに尽きないか?

     恋は狙ってするものじゃなく、ふいに落ちるものである。ふいに落ちてしまうものだから、まわりに迷惑をかけないようにと考えながらできるものでもない。

     交通事故に遭うような、宝くじに当たるようなもん。

     そう、恋の天国と地獄はワンセット。死ぬほど好きな相手だから、天国も地獄も見ることができるのでしょう? 

     死ぬほど好きな相手と上手(うま)くいっているときは、世の中のすべてが優しく美しく思え、別れがやってくれば、世の中のすべてを冷たく憎く感じる。

     人として生まれてきたからには、世の中のありとあらゆる感情を知りたくないか? 音楽や文学に心から感動するには、その能力が必要だ。解説書なんていくら読んでも、ダメだ。

     恋も音楽も文学も、生きるために必ずや必要なものではない。しかし、人が豊かに生きるためにはそれらのことは必須だと思う。

     可もなく不可もなくなんて恋は、偽物。

     恋と違って愛は、持続したことの結果になったりもするから、偽物がやがて本物になることもあるのだろうけど。

     46歳、子持ちシングル。これから先、恋をすることはあるだろうか。

     それはわからない。

     けど、絶対だとわかっていることもある。

     たくさんの恋があたしという人間を作って、数少ない貴重な愛が、あたしという人間を支え生かしてくれている。

     息子よ、おまえも早よ、恋をするといい。きっとそれがいちばんの勉強だ。

     そして、これだけはいわせろ、チェリーがベテランに逆らうんじゃねぇ。

    室井佑月

    1970年、青森県生まれ。雑誌モデル、銀座・高級クラブでのホステスなどを経て、1997年に「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」に入選し、作家デビュー。小説家、随筆家、タレントとして多岐にわたり活動している。2000年に第一子となる男児を出産。2016年には、一人息子の中学受験と子育てについて愛と葛藤の8年間を赤裸々に綴ったエッセー『息子ってヤツは』(毎日新聞出版)を上梓。主な著書に『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花』(集英社)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)、『ママの神様』(講談社)などがある。

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