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昭和史のかたち

教育改革から70年=保阪正康

幻の「ローマ字」社会

 今年は「6・3・3・4」制の発足(1947年4月)から70年である。戦前の複線型の教育制度が単線型に変わったわけだが、むろんこれは占領下日本の教育改革の第1弾であった。この制度の他に、男女共学、教育委員会の設立、教職員組合の結成、副教科社会科の導入など、連合国軍総司令部(GHQ)の命令、あるいは示唆などにより、教育の民主化が進められた。

     私は46(昭和21)年4月に国民学校に入学したが、2年生からは小学校に名称が変わったことを覚えている。

     こうした教育改革は、GHQの要請で来日したアメリカ教育使節団(G・D・ストダード団長)の報告書に基づいている。教育の民主化のためにどのような改革が必要かといった視点で、日本国内を視察し、教育関係者に会ってまとめた報告書であった。実際にこの報告書の内容がほとんど採用された。「日本の教育では独立した地位を占め、かつ従来は服従心の助長に向けられてきた修身は、今までとは異なった解釈が下され、自由な国民生活の各分野に行きわたるようにしなくてはならぬ」と否定され、それが社会科の誕生ともなった。

     中学校、高校での社会科の授業は、社会生活の理解と個人の自覚を訴えており、教科内容もアメリカの教科書を参考にしていたのである。

     実はこの報告書には教育改革の一助として「国語教育」にふれた部分で、「国民生活にローマ字を採用する」ように勧告する一節があった。この背景には、日本が国粋主義に走るのは漢字文化がもとになっているのであろうから、この意識を民主的に変えるためには「漢字から脱却」させる必要があるとの考えがあったらしい。同時に日本には伝統的にローマ字論者がいて、そのグループが使節団に強硬に働きかけたとの説もある。

     使節団は日本の教育現場をローマ字化するだけでなく、社会全体でローマ字が漢字や仮名にとってかわるよう訴えている。使節団に対応した南原繁・東京大学長らの日本側教育家委員会は、この考えに異議を唱え続けて翻意を求めている。そのため、小・中学校でもローマ字教育は行うが、それはあくまでもカリキュラムの一環ということになったようだ。

     この教育使節団には、第1次と第2次があり、ストダード団長の第1次は報告書を提出して教育改革を勧告したのだが、第2次教育使節団(W・E・ギブンス団長)は50(昭和25)年8月に来日して、勧告が生かされているかを点検している。この第2次使節団来日の間に、実はGHQのローマ字論者と日本の国語学者との間で激しいつばぜり合いがあった。この件について私は、かつて国立国語研究所の元所長・野元菊雄に詳しい事情を確認したことがある。野元の話やさらに一部の国語学者の証言をもとにこの駆け引きを改めて整理していきたい。

     GHQ内部や日本国内のローマ字論者は、日本人の識字率は決して高くないのだから、ローマ字導入は今がチャンスと主張を続ける。この場合の識字率の低さというのは、漢字を読めてもその意味を理解していないことであり、それが狂信的なファシストを生むもとだということにもなる。この一派には、単に教育使節団に食い込んだだけでなく、占領下に日本社会はローマ字化すべきだといって、東京都内の一等地を確保し、そこにローマ字の印刷機器もそろえて脱漢字の時代に備えるグループもあったという。野元は、ローマ字時代は決して遠い話ではなかったと述懐していたほどである。

     そこで国語研究所はGHQと共催の形で、48(昭和23)年に全国各地で老若男女さまざまな人々に漢字の理解度を確かめるテストを行った。1万7000人が対象で、90点満点で平均点は78・3点だった。たとえ問いに対する答えは誤っていても、識字率そのものはほぼ100%に近かったのである。この結果は、GHQのローマ字論者を黙らせるに十分であった。平均点が50点以下なら、ローマ字社会になっていたかもしれないと語りぐさになっている。

     これは裏話になるが、問題を作成した国語学者たちは「実は平均点が上がるよう、難しく見えるが易しい問題を出した」とこっそり漏らしていた。とにかくこうしてローマ字社会にはならなかったのである。第2次使節団の報告書は、小・中学校でローマ字が教えられることになって「ローマ字使用は増加」と、漢字や仮名の補完物でよいと結論づけている。

     こうした例を見ると、70年前の「教育改革」はGHQへの抵抗を含めながらバランスを保ち、国民に全面的に受け入れられていったとみることができるだろう。


     ■人物略歴

    ほさか・まさやす

     ノンフィクション作家。次回は2月11日に掲載します。

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