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余録

息子の顔にはけがの痕もなく…

 息子の顔にはけがの痕もなく、眠っているようだった。安置所に母の「起きて、起きて」という声が響いた。大阪府吹田市の会社員、田原義則(たはらよしのり)さんは、長野県軽井沢町のスキーバス事故で大学生の次男寛(かん)さん(当時19歳)を失った▲乗客の大学生13人の命を奪った事故からきょうで1年になる。田原さんは「被害者遺族の会」の代表を務める。再発防止のためバス業界との意見交換を続けている。その姿は、ある父親と重なる。昨年、78歳で亡くなった中田武仁(なかたたけひと)さんだ▲長男厚仁(あつひと)さん(当時25歳)は1993年、国連ボランティアとしてカンボジアで活動中に銃撃され亡くなる。商社マンの中田さんは会社を辞め、国連のボランティア名誉大使になる。世界の紛争地を訪ね、厚仁さんのような若者たちの活動を支援した▲厚仁さんの死後、家族はカンボジアでの様子を撮影したビデオを繰り返し見たという。彼が何を志し、困難をどう乗り越えようとしていたのかを知る。中田さんは著書「息子への手紙」に「わが子ながらほめてやりたい」と書いた▲中田さんを紛争地に向かわせたものは何だったのだろう。「私がいまやっている仕事は、厚仁が生涯をかけてやりたかった仕事だったに違いないと思う。そう思えば不思議に力が湧いてくるのです」▲スキーバス事故で息子の寛さんが亡くなった後に遺品が警察から家族の元に返された。バスの中で読んでいた本だった。父義則さんはこの時、息子に「事故を無駄にしてほしくない」と背中を押された気がしたという。本の題は「社会を変えるには」。彼は人の役に立ちたいと社会福祉士を目指していた。

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