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<論点>ポピュリズムと排外主義

 ポピュリズム(大衆迎合主義)と排外主義のうねりが高まっている。欧州連合(EU)離脱を決めた英国の国民投票や、トランプ氏が当選した米大統領選を受け、2017年に重要選挙が相次ぐ欧州諸国では、反グローバリズムや移民排斥を訴える極右勢力が勢いづく。民主主義はどこへ向かうのか。識者3人に聞いた。

    取引より熟議、主権者教育を 古矢旬・北海商科大教授

    古矢旬氏

     1990年代以降に進んだグローバリゼーションは決して平等で豊かな社会を生み出さなかった。特に先進国の製造業の労働者は粗略に扱われ、不安定な雇用しか得られない状態が続いた。少し前、例えばギリシャ問題が起きた時、他国の労働者は人ごとと考えていた。しかし、深刻な格差や貧困はどの国でも共通に起きていることに人々が気付き始めた。そのきっかけの一つがブレグジットであり、それがトランプ氏当選の大きな追い風にもなった。世界的に「気付きの連鎖」が起きた年が2016年だった。バラ色の未来を語ってきたグローバリゼーションのマイナス面に目を向ける動きが広がり、一種の流行現象としてポピュリズムが伸長した。

     米国のポピュリズムは長い伝統があり、1820年代に大衆の不満や反エリーティズムなどに訴えて政治の主流を握ろうとする動きが出てきた。それは現在も変わっていない。ポピュリズムには本来、理性的に自分たちの要求を追求していく建設的なデモクラシーという側面もあるが、トランプ氏は自分たちの利害を感情的に訴える粗野な現状批判に徹した。大衆の絶望が深いほど、忍耐力、寛容さ、多元性に対する理解力は衰え、情緒的な運動が噴き出る。悲しいかな人間は危機の時ほど敵に矛先を向けることで危機感を和らげようとする傾向があり、ブレグジットや米大統領選では、人々の不満の矛先が移民に向かった。

     トランプ氏のように熱心に「敵探し」をすることで人気を得ようとする政治家は多い。それに適したメディアがツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)だ。陰で罵詈(ばり)雑言をつぶやくことは誰でもあるだろうが、それが表に出て流通するようになった。言葉が行き交う空間が劣化し、政治の世界を短絡的、破壊的にする方向に向かわせた。米大統領選のテレビ討論もかつてないほどひどいものだったが、トランプ氏はずっとそういう言語空間で生きてきた。

     彼の一番の行動原理はディール(取引)だ。だがそれは政治の一面に過ぎず、民主主義社会は本来、多様な意見を調整する議論が重要である。社会全体の方向性や世界情勢を見ながら、多様な意見を自分の意見とすりあわせていく作業をしなければならない。「熟議」という言葉が最近よく使われるようになったが、トランプ氏にそうした言葉の体系はない。露骨な取引主義が政治の原理になっていく恐れがある。

     ポピュリズムはプラスにもマイナスにもなるもろ刃の剣だ。人民重視の考え方自体が悪いわけではなく、具体的な社会改革の流れが生まれることもある。だが質を考えない人民重視論、つまり数さえ集めればいいという姿勢や、人民の感情をいたずらに刺激するような議論は慎むべきだ。

     ポピュリズムを適切にコントロールしていくには、長い目で見れば、教育が重要になる。主権者らしく振る舞い、主権者らしく国の将来を考える人間を育て、市民社会的な共通感覚をいかに育てていくかが問われている。【聞き手・森本英彦、写真も】

    日本にもトランプ現象存在 工藤泰志・言論NPO代表

    工藤泰志氏

     英国の欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票や米国のトランプ大統領の誕生に見られるポピュリズムは、民主主義がうまく機能していないことに対する警告だ。

     課題解決に挑まない民主主義は脆弱(ぜいじゃく)で、民主主義自体への信頼を失いかねない状況を招く。欧米で起こっている現象は、グローバリゼーションと開放経済の中で、雇用、貧富の格差など変化に追い込まれた人たちに真剣に向かい合わず、答えを出す努力を怠ってきた結果だ。民主主義の制度そのものや担ってきた政治家、知識層、ジャーナリズムに市民の怒りが向かっている。

     問題なのは、こうした国民の不安や怒りを利用し、支持を集める政治家が存在することだ。その政治家は国民の不安に向かい合うように見えるため、多くの市民が期待してしまうが、現実の課題に対して有効な解決手段を持っているわけではない。意味ある改革の時間を無駄に費やし、状況を逆に悪化させてしまう。それが、今起こっているポピュリズムの現象だ。

     民主的に選挙で選ばれた指導者が権威主義的傾向を強め、国民が本来持っている人権や法的手続きを制約しているというのに、逆に多くの支持を集めている国がある。トルコやフィリピンがそうだ。トランプ氏の発言に世界が一喜一憂するのは、これまで米国が主導してきた、自由と民主主義を規範とする戦後の国際システムを壊しかねないからだ。ただ、「これで民主主義の未来が失われた」と思う人はまだ少ないだろう。

     昨年暮れにドイツのガウク大統領とお会いした際に聞いたことがある。旧東ドイツ出身の大統領は、秘密警察が管理する社会を知っており、「個人の自由や人権を排除する社会や、ナショナリズムをあおり他国を攻撃する社会は私たちが望むモデルなのだろうか。民主主義はいろいろな問題を抱えているが、私たちは学ぶことができる」と話していた。今が、民主主義を学ぶ絶好のチャンスだと思う。

     ここで考えるべきなのは、この日本にもトランプ現象は存在する、ということだ。昨年8月に言論NPOが公表した世論調査では、国民の4割が日本の将来を悲観している。高齢化や人口減少に有効な対策を政治がなかなか提起できず、選挙に勝つことが自己目的化していると、少なくない国民が感じている。しかも、世論調査ではその解決を政党に期待する声は15%に過ぎない。課題に向かい合わない政治が存在し、国民の不安は高まっている。この日本にも怒りを利用する政治家が、出現しないと言うこと自体難しい。

     ポピュリズムを生み出す構造で見られるのは、市民の政党政治からの退出だ。漂流する市民の怒りは既存の仕組みに向かっている。この状況を立て直すには、民主主義のすべての仕組みを課題解決に向かって動かすしかない。市民は当事者として課題に無関心であってはいけない。政党が民意とつながり、課題解決を軸に競争する。政治と市民の間に緊張感ある関係を実現する取り組みこそが、強い民主主義を機能させる。【聞き手・南恵太】

    労働力受容、摩擦の調整必要 岩間陽子・政策研究大学院大教授

    岩間陽子氏

     ブレグジットやトランプ氏当選などの政治現象は、国民の一定数の不満をエリート層が認識できなかったことへの抗議だったといえる。ポピュリズムという言葉にはネガティブなニュアンスがつきまとうが、民主主義である以上、人々が大きな不満を抱けばそれを表明するのは当然であり、ポピュリズムというレッテルを貼るだけでは問題の本質を見誤る。

     1990年代から急速に進んだグローバリゼーションへの反動として、英国国民投票でも米大統領選でも「昔のような社会に戻りたい」という感情が噴き出した。だが時計を逆戻りさせることはできない。ポピュリスト側はたいてい後ろ向きのアジェンダしか設定できておらず、移民を締め出して自由貿易をやめれば国内に製造業と雇用が戻ってくるかのような幻想を与えているにすぎない。

     だが、既存の政治エリートには人々は根深い不信感を抱いている。欧州では今年、オランダやドイツの総選挙、フランス大統領選などがあるが、非エスタブリッシュメントへの期待が集まる状況は共通している。ナチスを生んだ反省から排外主義やポピュリズムへの警戒感が強かったドイツでも右派政党に勢いが出ている。各国の選挙制度の違いによって変化の度合いに差はあるだろうが、右派政党が一定の抗議票を集めれば、欧州の政治は不安定化するだろう。

     私は30年代以来の世界的危機ととらえている。19世紀末から、地球上のモノとカネの動きが急速にグローバル化した。新聞やラジオといったマスメディアと、鉄道網や大陸間航路が発展し、ヒトも世界的規模で動き出した。さまざまな社会不安が人種差別に表れた。米国で株バブルがはじけた時、当時の政治エリートは恐慌の連鎖を止めることができず、ファシズムの高まりにつながった。

     インターネットや携帯端末が普及した現在、情報は瞬時に伝えられるようになり、数カ月で100万人単位の難民が欧州に流入するようなことが起こる。人々の意識と動きが大きく変わったという意味で、20年代と今の状況は質的に似ている。だからこそ、その後に来るものは似てほしくない。単に排外主義に反対するということではなく、危機の根源を見つめ、どんな解決策があるのか真剣に考えねばならない。

     欧州では社会変化への不安やテロへの恐怖心が強く、排外主義が政党政治の中の確固たるファクターになってしまった。こうした状況では、政治的な対策としては、移民が入るスピードをいったん緩め、社会が落ち着くのを待つしかない。文化的な摩擦が起こりにくい層を、摩擦が起こりにくい方法で受け入れていく調整が必要になる。早急に対処しなければ、さらにひどい排外主義が広がりかねない。

     人口減が進む先進国では、大きな流れとして労働力の受け入れは避けられない。この問題を避けてきた日本は逆に半歩前進し、文化、宗教、習慣などの摩擦が起こりにくい形を考えながら受け入れを進め、社会統合のための政策に取り組まなければ手遅れになってしまう。【聞き手・森本英彦】


    今年は欧州で重要選挙

     過激な言動によって国民の不安や怒りを取り込むことに成功したトランプ氏は今月20日、米大統領に就任し、「米国第一主義」を掲げる新政権が始動する。EU主要国では、3月にオランダ総選挙、4~5月にフランス大統領選、今秋にドイツ総選挙などが予定されており、ブレグジット(英国のEU離脱)や米大統領選に続いて、既成政治を否定するポピュリズム勢力が支持を広げるかどうかが大きな焦点になっている。


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     ■人物略歴

    ふるや・じゅん

     1947年生まれ。東京大院、プリンストン大院修了。北海道大教授、東大教授などを経て2012年から現職。専門は米国政治外交史。著書に「ブッシュからオバマへ」「アメリカ 過去と現在の間」など。


     ■人物略歴

    くどう・やすし

     1958年青森県生まれ。横浜市立大大学院博士課程中退。「論争 東洋経済」編集長を経て、2001年「言論NPO」設立。世界25カ国のトップ・シンクタンク会議の加盟メンバー。


     ■人物略歴

    いわま・ようこ

     1964年生まれ。京都大院修了。在ドイツ日本大使館専門調査員などを経て2009年から現職。専門は国際政治、欧州安全保障、ドイツ政治外交史。著書に「ドイツ再軍備」。

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