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トランプ米次期大統領

壁不要、世界は一つ 64年五輪バレー元日本代表、ケニアで指導 移民排斥を危惧

実業団女子「日立リヴァーレ」の練習を見守る菅原貞敬さん=日下部元美撮影

 メキシコ国境の壁建設を訴えるトランプ次期米大統領を、複雑な思いで見詰める元アスリートがいる。1964年東京五輪男子バレーボール元日本代表の菅原貞敬(さだとし)さん(77)。「あのような主張をする人物が大統領になるなど到底考えられなかった」。五輪後にアフリカで競技普及に努め、国境を超えた信頼関係を築いてきた。【日下部元美】

     秋田県能代市生まれで、敗戦国の劣等感を引きずって育った。半世紀前の五輪の開会式では、居並ぶ外国人選手に重圧を覚えた。「全員敵だ。絶対に負けられない」。試合では足が震えた。サーブの時に、調子がよいと相手コートが大きく見えるが、その時は、はがきのように小さく見えた。チームは世界選手権王者のソ連を破る金星を挙げたが、銅メダルに終わり、閉会式まで高揚感はなかった。

     その閉会式でハプニングが起きた。国ごとに整然と入場するはずだった選手たちがトラックになだれ込んだ。手をつなぎ、肩を組むアスリートたちの歓喜の渦に日本選手団の旗手はのみ込まれ、肩に担がれた。「これが世界だ。世界は一つなんだ」。菅原さんは渦の中でわだかまりが解けていくのを感じた。

    東京五輪の閉会式で、日本の旗手を抱えあげ、別れを惜しんで行進する外国選手たち

     引退後、ケニアに指導者として招かれ、95年に56歳でケニアの女子代表監督に就任した。試練の連続だった。練習初日に姿を見せた選手は一人。通訳はなく、片言の英語が伝わらない。ケニアは部族社会で、自由時間は部族ごとに固まり、一体感に欠けていた。みな貧しく、ストリートチルドレンだった選手もいた。「子供のミルク代を貸して」とせがまれたこともあった。「コートは神聖な場所」とゴミ拾いから始め、「チームは一つ」と訴え続けた。

     菅原さんは監督の任期を終えていったん帰国したが、ケニアが2000年シドニー五輪でアフリカ勢の女子として初の出場権を得ると、再び代表監督に招かれた。予選で敗退したが、指導者として64年東京大会以来の五輪を楽しんだ。

     宝物がある。代表監督として初めて選手を集めたあの日、ただ一人姿を見せたバイオレット・バラザ選手の写真。身長177センチと小柄だったが厳しい練習に耐え、シドニー五輪のエースに成長した。しかしその7年後、エイズで亡くなった。

     菅原さんはケニア選手の日本留学や練習環境整備の基金をつくったり、練習に必要な道具を贈ったりしてきた。今は実業団女子チーム「日立リヴァーレ」の顧問を務めている。

     「世界は一つ」を合言葉にした東京五輪から半世紀あまり。移民たちがつくった米国で、移民排斥を掲げるトランプ氏が支持されている。菅原さんは「今の米国は自分を抑える力をなくしていると感じる」と話す。

     世界では宗教や民族間の紛争が絶えない。「一つになるのは容易ではない」と感じる。それでも若者たちに期待している。「スポーツの力で一つの世界を目指してほしい」

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